壺齋散人の 映画探検
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活きる(活着):張芸謀



張芸謀の1994年の映画「活きる(活着)」は、中国現代史を庶民の目線から描いた作品だ。1940年代から70年代ころまでの、中国の民衆の生活を描いている。この時代は、対日戦争に始まり、国共内戦と共産党の勝利、60年代の文化大革命がそれぞれ歴史上の節目になっている。このうち対日戦争は全く触れられず、国共内戦も微視的に描かれ、文化大革命は否定的に描かれている。といっても、共産党政治への強い批判は見られない。50年代の大躍進時代は、共産党の政策のおかげで庶民が明日に希望を持てるようになったと主人公たちに言わせているし、文化大革命は、共産党の蛮行というより、避けがたい災厄のように描かれている。

1994年という年は、その五年ほど前に天安門事件があったりして、共産党への批判が消えていたわけではないが、中国は未曽有の経済発展を遂げつつある最中で、人々はそれこそ明日への希望がもてる時代だった。日本でいえば60年代の高度成長のような状態だったわけだ。日本の高度成長が、敗戦の苦渋を忘れ、未来に向かって希望を感じるように人々を駆り立てたのと同じように、中国90年代の開放政策は、人々に明日への希望を抱かせた。そうした人々が、過去を振り返るときに、どのような像を結ぶのか。この映画は、その典型を示しているのではないか。

中国現代史は、いろいろ問題はあったが、大局的に見れば、因習的で貧しい社会から一歩一歩抜け出て、より自由で豊かな社会に向かって進んできた。そんな総括的な印象が、中国の大部分の人々の生活感情のようなものであり、その生活感情を、わかりやすいイメージを駆使して描き上げた、というのがこの映画のポイントではないか。

筆者は、中国現代史について詳しいわけではなく、まして庶民の生活の実態などは知らないに等しいのだが、そうした門外漢にもこの映画は、中国現代史の流れと、それを生きた庶民の暮らしを、一端なりとも垣間見せてくれる。

主人公は没落した地主階級の男とその妻子である。この男は、博打に負けたことで、先祖から受け継いだ家財を失う。そのことで貧民の境遇に陥り、それがもとで妻子につらい思いをさせるのだが、かえって貧民になったことで、共産党政権下での地主狩りから逃れることができた。人間どこで運が変わるかわからぬというが、これはその典型的事例というべきものだ。

この例に見られるように、中国では体制が変ったり、政変が起きた場合、住民の間に極度の緊張が高まり、従来幅を利かせてきた人々が、失脚して無残な目に合うことが多かったようだ。文化大革命時代のつるし上げはその極端なものだが、それに限らず、大躍進時代にも地主や資産家の弾圧が大規模に行われたらしい。そうした弾圧の犠牲者をこの映画はそれとなく描く。それを見ていると、中国人の気質が日本人のそれとはまた違っていると感じさせられる。

主人公の夫婦は、二人の子供のうち、幼い方の男の子を学校での事故で失い、成人して結婚した娘を、産褥で失う。娘が死んだのは、産婦人科医による手当を受けられなかったからだ。それは、看護婦の若い紅衛兵たちが医師を追放したために、医療技術の水準が極端に低下したためだった。

こんな具合で、主人公の夫婦は、時代の流れに翻弄されるのだが、究極的には、自分の生きている時代を呪うことはない。どんなにつらいことがあっても、それを受け入れて、未来がもっとよくなることを期待する。ラストシーンでは、二人の子を失った夫婦が、娘の残した男の子を頼りに、老後の人生をけなげに生きてゆこうとするところが描かれる。こういう場面を見ると、中国人の生き方がいかに家族の結びつきのうえに成り立っているかがよくわかる。それゆえにこそ、子を失うことは耐えがたい打撃としてうつるのだろう。

それでもなお、この映画の中の中国人は、楽天的に見える。それが現代中国人の平均的な姿をそのまま反映しているものなのかどうか。中国の事情に乏しい筆者にはよくわからない。だがわからないなりに、この映画を楽しむことはできた。




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