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あの子を探して(一個都不能少):張芸謀



張芸謀の1999年公開の映画「あの子を探して(一個都不能少)」は、現代中国の農村部での学校教育の現状をテーマにしたものだ。時代設定は明示されていないが、同時代の中国と考えてよい。1999年の中国と言えば、わずか20年にもならない最近のことだが、ここ数年間の中国の爆発的な経済成長からすれば、かなりな過去のように見える。この間都市部は発展の恩恵を受けつつあったようだが、農村部は半世紀前と変わらない状況だったのではないか。この映画を見ると、はるか昔の貧しい時代の中国を見せられているような気になる。

舞台はおそらく内陸部の農村だろう。そこの小さな小学校の教員が、母親の介護のために一か月の休暇をとることとなり、その代用教員として13歳の少女が雇われる。13歳の少女と言えば、中学校も出ていない年齢だ。そんな少女に、代用とはいえ教員をさせるというのは、我々日本人には考えられないが、中国では珍しくないのかもしれない。そんなことを見せられると、中国の農村部がいかに遅れているか、あらためて考えさせられてしまう。

この少女ミンジは、ろくな教育も受けていないから、まともな授業などできるはずもない。ただいくつかの歌を、下手に歌うことができるだけだ。そんな少女に前任の先生は、一か月間生徒の数を減らさずに頑張ったら、一か月分の報酬50元と、上乗せの報酬として10元を与えようという。貧しい農村なので、親は子供に学校をやめさせ、出稼ぎをさせたがっているのだ。そこで一人も脱落者を出さないという方針は、学校としてはかなりの切迫性をもっているわけだ。原題の「一個都不能少」とは、一人でも欠けてはならないという意味である。

この50元というのは、当時の日雇い労働者の一日分の最低賃金に近い額だ。なにしろバスで町まで往復するだけでも、50元以上かかる。そんな額でも少女にとっては魅力なのだろう。この一か月に一人も脱落者を出さないように必死になるのである。

学校に寄宿しながら、彼女の教師としての毎日が過ぎる。学校には、遠距離に住んでいる子どもたちも数人寄宿している。そのうちの一人に、ホエクーという男の子がいて、この子が何かと悪さをしてミンジを困らせるのだ。また、シンホンという女の子は、毎夜ランニングをしている。汗をかくことでおねしょをしないようにとの考えからだ。ところが、この子の走者としての才能を見出した村長が、この子を町の体育施設に譲り渡す。中国の農村のことであるから、親の承諾も得ずに、無理を言わさずという乱暴さである。ミンジは、一人でも脱落者を出さないという方針から、この子を手放すことに抵抗するが、まだ経験不足のことから、なんともしようがない。泣く泣くシンホンを手放すことになる。

そのうち、ホエクーが学校に来なくなる。ミンジが母親に事情を聴くと、貧しさのために子供を出稼ぎに出したというのだ。そこで、今度はミンジも気を引き締め、ホエクーを連れもどそうと決意する。ところが町は遠く、歩いてはいけない。バスでゆけばかなりの金額がかかる。そこでミンジは、子どもたちにレンガ運びのアルバイトをさせて、なんとかバス代を捻出しようとする。子供たちもミンジの方針に賛成して、皆で必死にレンガ運びのアルバイトをする。その辺は、木下恵介の映画「二十四の瞳」を思い出す。二十四の瞳では、同級生の苦境を救うために、子どもたちが全員で力仕事のアルバイトをする。この映画の中の子どもたちのアルバイトシーンは、あるいは木下の映画を意識しているのかもしれない。新米の教師が子供たちに振り回されるというのも、両者に共通している。

ミンジは、無賃乗車やヒッチハイクでなんとか町まで出てくるが、ホエクーは行方知れずになっていた。しかしミンジはへこたれない。ホエクーを町まで案内してきたという少女とともに町中を探し回ったり、なけなしの金をはたいて文房具を買い、それで尋ね人のポスターを大量に作ったり、いろいろと奮闘したあげくに、テレビ局に尋ね人の放送をしてもらおうと考える。テレビ局なら影響が大きいので、尋ね人が早く見つかるだろうと、町で知り合った大人にアドバイスされたのだ。

町へ出てきて三日目に、ミンジはテレビ局の局長に面会することができ、テレビの教育番組に出演する格好でホエクーの捜索を訴えるということになる。ところがテレにカメラを向けられたミンジは、緊張のあまり言葉が出てこない。ただただ涙を流しながら、ホエクーと叫ぶばかりだ。それをたまたまホエクーが見て、顔をくしゃくしゃにしながら泣くのだ。

ことここに至るまで、二人とも金もなく、寝床もない。腹が減ると屋台のあたりをほっつき歩き、親切な人から食べ物をめぐんでもらい、夜は路上で寝る。ミンジは、他人の食い残しをあさる始末だ。そんな光景を見せられると、これが二十年もたたない前の中国の実像なのかと思って絶句してしまう。

ともあれミンジはテレビ局の好意で、ホエクーともども学校のある村まで戻る。大勢の視聴者から寄せられた寄付のおかげで、ホエクーも出稼ぎをしなくて済むようになった。ミンジはその後、代用教員の仕事を無事勤め上げたそうだ。そのミンジを子どもたちは「老師(先生)」と呼ぶのだ。

こんなわけでこの映画は、ついこの前まで見られたであろう中国農村の厳しい現実を、情緒豊かに描いたもので、見るものをほろりとさせてくれる。いい映画だと思う。




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