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ブリキの太鼓( Die Blechtrommel ):フォルカー・シュレンドルフ



フォルカー・シュレンドルフが1978年に作った映画「ブリキの太鼓( Die Blechtrommel )」は、ギュンター・グラスが1959年に発表した同名の小説を映画化したものである。この小説は、20世紀後半の世界文学を代表する傑作だという評価が高い。20世紀前半は、戦争の世紀と言ってもよいほど、血なまぐさい時代だったわけだが、グラスの原作は、その時代の戦争と、戦争の元となった民族の間の愚かしい対立について、抑制のきいたタッチで描いた。まさに戦争の世紀が生み出した、人間の愚かさについての省察、それが原作に相応しい解説だと思う。

原作では、精神病院の患者であるオスカルが、自分の半生を語るという設定になっている。オスカルは、三歳の時に成長が止まってしまったのだが、21歳の時に再び成長するようになった。ところが、大人になった途端に殺人事件の容疑者にさせられてしまい、挙句の果ては精神異常者として精神病院に隔離されてしまった。原作では、そんなオスカルが、三歳の子どもの眼を通じて眺めていた世の中の有様についての回想という形をとっているわけである。

映画では、大人になったオスカルについては、ほとんど触れていない。だから、彼が精神病院の中で自分の半生を回想するという原作の設定も採用していない。原作の中で、オスカルが語った自分についての出来事を、そのまま客観的な事実として再現する、という方法を取っている。

すなわち、オスカルが三歳の時に自分の意思で成長することをやめたこと、それと引き換えにブリキの太鼓を貰ったこと、その太鼓を叩きながら大声を上げると、声を浴びたものが悉く壊れること、また、オスカルが生きていた都市ダンツィッヒが国際自由都市として、ドイツ人やポーランド人そしてカシュバイ人たちが共存する町であったこと、しかしドイツ社会にナチスの影響が浸透することに伴いダンツィッヒの非ドイツ人社会にも抑圧の手が伸びて行くこと、そのナチスドイツが連合軍に敗北すると、今まで抑圧者だったダンツィッヒのドイツ人が一転して迫害される立場に陥ったこと、それらの出来事の流れが、三歳の少年の眼を通じて走馬灯のように映し出されていく、というような具合に映画は作られている。

原作では、祖母のスカートの中がある種の宇宙として特別の意味を帯びていた。映画では、それを映像の形で、見える小宇宙として再現した。このスカートの中は、息苦しいほど狭い世界だが、一人の小柄な男が身を隠すのには十分だし、また、オスカルにとっても心休まる安住の世界なのだ。このスカートの中の宇宙がひとつの機縁となって、オスカルの祖母と祖父が結ばれ、彼らの間にオスカルの母が生まれた。祖母も祖父もカシュバイ人と言うことになっており、従って母もカシュバイ人なのだが、オスカルの父がドイツ人だったおかげで、オスカルの家族はナチス時代を無事生き延びることができる。しかし、母の恋人で、カシュバイ人である叔父のヤン・ブロンスキは、自分をポーランド人だと思っており、ポーランド人の側に肩入れしたおかげでドイツ人に殺されてしまう。また、オスカルにブリキの太鼓を売ってくれたおもちゃ屋はユダヤ人なので、ナチスのユダヤ狩りの標的となってしまう。

このように、オスカルの近辺は、どの民族に属するかによって、境遇にも大きな違いが生じる。弱い民族に属する者は強い民族に属する者によって迫害される。ある種弱肉強食の世界、それが大戦間期の国際自由都市ダンツィッヒの状況だったわけだ。ドイツ人はこの都市の覇者であったわけだが、連合軍によって撃退されるや否や一転して迫害される立場に陥る。新たな迫害者はソ連から来た兵隊たちだ。彼らはオスカルの家に押し入って来て、女を強姦し、オスカルの父親を銃殺する。こうして孤児となったオスカルは、生きるためにダンツィッヒを脱出し、西へ逃げ延びて行くのである。この映画は、再び成長を始めたオスカルが、生き残った係累と共に、列車でドイツ西部へ逃げて行く所で終るのだ。

映画は多くの見どころに満ちているが、中でもとりわけ迫力のあるのは、16歳の少女マリアへのオスカルの恋愛、小人のサーカス団との出会いと共同生活だ。マリアは祖母がオスカルの世話を見る家政婦として送り込んできたのだが、彼女にオスカルは性的な魅力を感じるようになる。そして、彼女の腹の上に跨ってセックスを仕掛けるようなこともする。そんなオスカルをマリアは子ども扱いし、オスカルの父親に身を預けるのだ。その結果オスカルの弟が生まれる。オスカルはこの子を、自分がマリアに跨った結果できた子だと考えている。

もうひとつの小人のサーカス団の話でも、オスカルは小人の女性ロスビータと愛し合うようになる。こちらは、マリアの時とは異なり、相思相愛の間柄だ。しかし、フランスのドイツ軍最前線に慰問公演をしているときに、連合軍側の攻撃にあって、ロスビータは死んでしまうのだ。

この他にも、馬の頭を使って鰻を捕獲する場面、母親が恋人のヤンと激しいセックスをする場面、それをオスカルが複雑な目で見ている場面、ダンツィッヒのドイツ人たちが催した親ナチスの集会にオスカルが太鼓を使って妨害工作をする場面、その後ダンツィッヒの非ドイツ人社会がドイツ人による一方的な破壊にさらされること、その破壊の中で、ヤンやおもちゃ屋のマルクスが命を落としていく場面、等々見どころは数多くある。

映画の中でオスカルを演じていたダフィト・ベネントは、当時11歳の少年だったという。11歳に関わらず、6歳くらいにしか見えなかったので、オスカルを演じるにはちょうど良かったわけである。本物の3歳の少年では、このようには演じられなかっただろう。

なお、グラスの原作が出版された時、ドイツ国内には賛否を巡って喧々諤々の議論が巻き起こった。これに批判的な見方をするものは、グラスによるナチスドイツの全面的な否定に嫌悪感を抱いたのだろう。だが、彼らはその嫌悪感を正直に発露することができず、違う理由でこの小説を攻撃した。この小説の中の性描写が、非道徳的で猥褻だというのだ。たしかにそういう側面はある。また、その側面は、映画の中でも引きつがれている。

原題にある「ブレヒ」とは、日本語の「ブリキ」のもととなった言葉である。ブレヒがなまってブリキになったわけであろう。





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