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ハンナ・アーレント(Hannah Arendt):マルガレーテ・フォン・トロッタ



マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の映画「ハンナ・アーレント( Hannah Arendt )」が日本で上映されたのは、一年ちょっと前のこと(2013年秋)だったが、その折には上映館の岩波ホールが毎回満員になるほどの盛況だったそうだ。アーレントといえば、「全体主義の起源」や「人間の条件」などを書いた政治哲学者であり、その名は日本人にもある程度知られていないでもなかったと思うが、そんな彼女の生き方をテーマにした映画が、これほど大きな反響を惹き起こしたというのは、筆者のような、アーレントの読者の一人である者にとっても、ちょっと意外だった。

この映画は、アーレントをめぐる有名なエピソードをテーマにしている。それは、エピソードと言うには余りにも重い事件で、ある意味アーレントが、自分の存在すべてをかけて立ち向かった事態だった。そのエピソードとは、1960年におこなわれたアイヒマン裁判をめぐる彼女の言動とそれに対してユダヤ人社会を中心に巻き起こった猛烈な反発のことである。

このエピソードは、アーレントの思想家としての良心をよく物語るものであり、従って彼女の生き方が典型的に現れた事態だったといってもよいのだが、それがよそ目にはなかなか理解してもらえなかった。そのため彼女は、ユダヤ人社会全体を敵に回すような羽目に陥り、古くからの友人ほとんどすべてを失ったと言われる。これはユダヤ人であることにこだわり続けた彼女にとっては、かなり滅入る事だったに違いない。

この映画は、そんな彼女の複雑な言動と、その結果としての社会的な孤立をテーマにしたものである。思想というものが重みを失った現代において、こうした彼女の生き方が、思想の重みを再認識させるものとして、人々の心に訴えかけ、彼らの足を映画館に運ばせたのかもしれない。

アイヒマンが南米でイスラエルのエージェントに拘束されたのは1960年のことだ。イスラエル政府は、すぐさまアイヒマンをイスラエルに連行し、そこで裁判にかけることとした。それはナチスの大物の戦争犯罪を裁くものとして、世紀の裁判と言われ、大いに騒がれた。アーレントは、その裁判を直接傍聴し、その印象をレポートの形でまとめたいと思い、雑誌ニューヨーカーに企画を売り込んだ。ニューヨーカーは、彼女の申し出を快く受け入れ、彼女を臨時の特派員として、イスラエルに派遣したのである。映画は、その場面から始まる。

続いてアイヒマン裁判の様子が展開される。この場面は、保存されていた裁判記録フィルムをそのまま使っている。だから、本物の法廷の中で、本物のアイヒマンが、検事や裁判官の追及に応えるところが映し出される。それを見ると、アイヒマンという男は、小心で、自己保存ばかり考えている、何処にでもいるような小役人という印象を与える。そしてアーレントもまた、その印象を共有した者の一人だった。

この裁判の当事者を始め、世界中のユダヤ人は、アイヒマンを悪魔と考えていた。悪魔でなければ、こんなにもおぞましい犯罪を、平然とできるわけがない、そう思ったからだ。ところが、現実のアイヒマンは、悪魔などではなく、ただの平凡な人間に過ぎなかった。アイヒマンが行なった犯罪は、たしかに悪魔の所業にも譬えられるものだが、アイヒマン自身は小心な小役人だったに過ぎない。彼は小心な役人として、上からの命令に従ったに過ぎない。だから、問題はアイヒマン個人にあるのではない、彼のような人間を生み出してしまった社会的な歪みにこそ本当の問題があるのだ。

だいたい、このようなことをアーレントは考え、それを率直に文章にした。ところがそれが世界中から猛烈な反発を惹き起こした。アーレントは、そういうことでアイヒマンの罪を軽くしようとしている、と誤解されたのだ。もっといけなかったことは、ユダヤ人の中にナチスへの協力者がいたことを明らかにしたことだった。こうした協力者がいたことで、ナチスによるホロコーストがスムースに進んだ側面もあるというようなことを書いたのだ。これはユダヤ人たちの心を傷つけるのに十分な言明だったといえよう。彼女がユダヤ人社会から村八分になった理由は、こちらのほうが強いと思われる。

だが、映画の中では、彼女がどうしてそのようなことまで言明したのか、その思想的な背景までは、機微に渡っては説明され尽くしていない。それ故どうしても、アーレントの孤立する理由が曖昧なままにされ、彼女は理不尽な迫害に逢っているというような、情緒的な描き方に堕しているところも見られる。実際には、彼女は、自分の思想的な良心に従って言動しているのであり、彼女の個々の言動はすべて必然性に貫かれてはいるのだが。

そのかわりに、彼女のハイデガーとの結びつきが、必要以上に強調されている。彼女がまだ学生時代にハイデガーの影響を受けたのは確かであり、一時期は愛人関係にもあったが、しかし、生涯を通じてハイデガーの強い影響下にあったとは言えない。ところが映画では、彼女とハイデガーとは生涯を通じて強い絆で結ばれているということにされている。あたかも、そのことで、彼女の思想に歪みが生じた、その歪みが、彼女の非合理な言動を生み出した、と言わんばかりに見えた。

この騒ぎの中で最も有名になった言葉として、「私が愛するのは一つの民族ではなく、友人である」と言うのがあるが、これも映画の中で引用されている。これは、ヴァルター・ベンヤミンの親友であったゲルショム・ショーレムが、彼女に向って、「あなたは民族の娘として、自分の民族を愛さないのか」と詰問した時に彼女が答えた言葉だとされる。映画の中では、そのショーレムは出てこない。彼女を父親がわりに受け入れてくれたクルト・ブルーメンフェルトは出てくる。ユダヤ人全体を代表して、彼女に絶縁の言葉を与える役としてである。

アーレントが夫のハインリッヒ・ブリュッヒャーと非常に愛し合っていたことはよく知られている。その二人の肌理の細かい愛が、この映画の中でもよく表現されていた。また、彼女が生涯信頼し合った友人メアリー・マッカーシーとの交流もよく描かれている。

アーレントを演じたバルバラ・スコヴァ( Barbara Sukowa )が、アーレントの知的で一徹な雰囲気をよく醸し出していた。この女優は、「ローザ・ルクセンブルグ」も演じている。





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