壺齋散人の 映画探検
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08/15:ドイツの軍隊生活



ドイツ映画「08/15」は、第二次大戦におけるドイツの位置づけのようなものを正面から描いた、戦争もの三部作の統一名称である。第二次大戦勃発直前におけるドイツ軍の兵営での兵士たちの日常を描いた第一部、戦線での戦いぶりを描いた第二部、そして敗戦後のドイツを描いた第三部からなる。原作は、ドイツ軍兵士だったハンス・ヘルムート・キルストの回想録で、1954年に出版されるやベストセラーになった。それをパウル・マイが、出版直後から映画化にとりかかった。ドイツは敗戦国として、しかもナチスの所業が国際的に非難されていたこともあって、第二次大戦を正面から取り上げた映画は珍しかった。そんな風潮のなかで公開されたこの映画は、かなりの反響を呼んだようだ。

第一部は、第二次大戦勃発直前におけるドイツ軍の兵営生活を描く。兵営での兵士の生活単位を日本軍では内務班と言った。その内務班の生活を描いたものとして、野間宏の「真空地帯」があり、山本薩夫がそれを1952年に映画化した。似たような時期に、似たような内容の映画が、洋の東西で、しかも敗戦国で作られたとあって、この二つの作品は、比較しながら見ると面白いのではないか。

「真空地帯」で描かれた日本軍の兵営生活は、かなりすさんだ印象を与える。一言で言えば、兵士一人ひとりの人格が尊重されず、兵士は消耗品のように扱われる。上官が下僚にむかって威張りくさり、やりたい放題のことをしても、下僚は黙々としてそれを受け入れなければならない、そんな状況が息苦しく描かれていた。それに比べてこの映画の中のドイツ軍の兵営生活は、やはりかなりすさんだものだが、兵士一人ひとりの人格は、日本軍よりかなり尊重されていることが伝わってくる。無論軍隊であるから、上官の命令は絶対的だが、その命令があまりにも不条理な場合には、部下がそれを批判する自由はあるようだ。日本軍では、上官を批判した兵士は、その上官によって、ほとんどリンチに近いやり方で制裁されるが、ドイツ軍の場合には、一応制裁のための法的手続と言うものがあり、上官は勝手に部下を制裁することができないというふうに伝わってくる。

ドイツ軍の兵営内の様子は、日本軍とはかなり異なる。日本軍の内務班というのは、小隊単位で構成されており、一つの大部屋に下士官以下すべての兵士たちが一緒に寝起きする。ところがドイツ軍の兵営では、下級兵士だけが集団で寝起きし、下士官のうち最高階級たる先任曹長と、将校たちには官舎があてがわれる。面白いことにその官舎には家族を住まわせることもできるようだ。これは日本軍では考えられないことだ。官舎に妻や家族が一緒にいては、軍務に専念できないと思われるのがおちだ。

ドイツでは、兵営内に幹部の家族が一緒に暮しているほか、食堂では女たちも働いている。その食堂は民営のようであり、そこで働いている女と兵士とがいい仲になったりもする。これは、日本軍の視点からは軍規を乱すもとになると見られるのではないか。

こんな具合でこの映画は、兵営生活を描いているにかかわらず、兵士と女性たちとのラブロマンスまで含まれている。面白いのは、抑圧の権化のような役割の先任曹長の妻が、欲求不満なのかどうか、若い兵士を誑かしていることだ。亭主が居ない間に部屋に若い兵士を連れ込んで誘惑し、それを亭主に見咎められても悪びれしない。フランスやアメリカの女たちが尻軽なことは周知のことだが、ドイツ人の女も結構尻軽だということが、この映画からよく伝わってくる。女を尻軽行為に走らせない為には、女をよく教育し、必要な場合にはお仕置きを加えることだと、この映画は繰り返し忠告している。無論ドイツ人同胞に向けてであろう。

兵営のなかで女が兵士を誑かすほどだから、兵営の中の規律はかなり乱れている。だから、兵士と下士官たちが一緒になって毎晩のようにドンちゃん騒ぎをするし、下士官同士で陰謀をめぐらしあったりする。日本軍の兵営ではとても考えられない光景が展開されるのだ。

映画の中で中心的な役割を果たしているのは、ヨアヒム・フックスベルガー演じるアッシュ一等兵だ。彼は自分の仲間に対して思いやりがあり、仲間を理不尽な取り扱いから守ろうとして、腐敗した上官たちと対立する。そのおかげでいろいろと嫌がらせをされ、精神病院送りにされかかったり、営倉にぶち込まれたりする。それでも彼は持ち前の思慮深さでさまざまな難局を乗り越え、最後には司令官から正当に評価されて伍長に昇任する。ドイツ軍では、下士官には問題の多いのが沢山いるが、上級将校はきちんとしている、と訴えているようである。なにしろこの映画が公開された1954年頃には、ドイツ軍の権威は地に落ちていたので、いささかでもドイツ軍を評価しようとしたら、このような形をとらざるを得なかったのだろう。

映画は、ポーランドに戦線布告をするヒトラーの声を、ラジオから流すところで終わっている。この宣戦布告がもとになって、第二次大戦へと発展したのは周知のとおりだ。

なお題名にある「08/15」とは、当時のドイツ軍で普及していた旧式の機関銃のことで、ドイツ軍では陳腐さの象徴になっていたという。映画の中でも、陳腐さを意味する言葉として、この「08/15」が使われている。




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