壺齋散人の 映画探検
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モンパルナスの灯(Les Amants de Montparnasse):ジャック・ベッケル



ジャック・ベッケル(Jacques Becker)の映画「モンパルナスの灯(Les Amants de Montparnasse)」は、不運な天才画家といわれるアメデオ・モディリアーニの半生を描いた伝記映画である。この映画が公開されたのは、モディリアーニの死後38年経った1958年のことだが、生前モディリアーニと親しく交際していた作家のイリア・エレンブルグは、これを見て低俗だと非難した。エレンブルグが何故こんなことを言ったのか、筆者にはいまひとつわからなかったが、今回この映画を始めて見て、エレンブルグの怒ったわけが分かったような気がした。この映画は伝記映画と謳っておきながら、伝記的な事実をかなり捻じ曲げている。その上、モディリアーニの人間像を矮小化しているようにも見える。これではエレンブルグが怒るのも無理はない。なにしろエレンブルグは生けるモディリアーニを愛した多くの人々の一人だったわけだから。

まず、伝記的事実について。この映画の中では、前半でモディリアーニの恋人として出て来たベアトリス・ヘイスティングズが、ずっとモディリアーニと腐れ縁を続け、ジャンヌが登場した時には、彼女にモディリアーニが夢中になっていくのを、嫉妬の目で見ているということになっている。しかし、事実は、モディリアーニはジャンヌが現れる前の1916年にベアトリスと縁を切っている。それもベアトリスのほうからモディリアーニを捨てるような形で。ジャンヌがモディリアーニの前に現れたのは、ベアトリスが去ってから一年以上あとのことだ。

映画では、ジャンヌがモディリアーニとの交際を喜ばない両親によって自宅軟禁されている間に、モディリアーニは結核を発病し、ニースへ転地療養に行く。そしてその後を、ジャンヌが追いかけて現地で結ばれるということになっているが、これも事実に反する。モディリアーニがニースへ転地療養するのは1918年のことで、その時には二人はすでに結ばれており、ニースへは、ズボロフスキーの助力で、二人揃って転地しているのである。

そのほか、ベルト・ヴェーユの画廊での個展の扱い方とか、ズボロフスキーの仲介でアメリカの大金持ちに絵を売り込むシーンとか、事実とは異なった脚色が施されている。もっとも大きな脚色は、モレルという画商だ。この画商は映画の中でかなり重要な役割を演じるのだが、この肝心の人物像が、存在したという証拠はない。つまり、ベッケルの完全なデッチアゲといってよい。この画商が、映画の最後にも出てきて、モディリアーニの死を見届けた後、何も知らないジャンヌを騙して、モディリアーニの絵を二束三文で持ち去るということにしてあるが、これも出鱈目と言ってよい。なぜこんな出鱈目を加えたのか、映画を面白くする工夫としても、あまりにもえげつないと言わざるを得ない。

ついで、モディリアーニの人物像について。モディリアーニが画家や作家など多くの芸術家と親しく付き合っていたことはよく知られている。ベル・エポックと言われた時代に花開いたパリの芸術空間をエコール・ド・パリというが、モディリアーニはそのエコール・ド・パリの最大の人気者だった。彼には独特の人間的な魅力があって、それが多くの芸術家たちをひきつけたのだ。モディリアーニに自画像を描いてもらった芸術家だけでも、ピカソ、コクトー、サンドラル、キスリング、ジャコブ、バクストなどの名を上げることができる。

ところが映画の中のモディリアーニは、偏屈な人間であるおかげで、まともな友達もいない孤独な男として描かれている。女たちに対しても優しさというものがない。ジャンヌに対してまでも、最初の内は優しくしているが、そのうちにひどいことを言って悲しませたりする。要するにどうしようもない、また風采の上がらない男として描かれている。これでは、生前のモディリアーニをよく知っているエレンブルグが、事実と違うじゃないかと怒るのも無理はない。

ベッケルがモディリアーニの伝記をどれくらいチェックしたかはわからないが、1958年にはモディリアーニの遺児ジャンヌによる本格的な伝記も出版されているから、あるいはそれを参照できた可能性はある。もしもベッケルが、モディリアーニの伝記的な事実を十分に分かったうえで、このような作り変えをしたとすれば、罪は深いと言わなければならない。なにしろ伝記映画を謳っているのであるから、伝記的な事実をあまり歪曲してはいけないと思う。

こんなわけで、モディリアーニを演じたジェラール・フィリップ(Gérard Philipe)も、男の魅力が台無しになったという格好だ。ジャンヌを演じたアヌーク・エメ(Anouk Aimée)も、モディリアーニにいじめられるばかりで、女としての輝きどころではない。俳優が輝いていないだけではない。この映画ではパリの街もどこかしら味気なく描かれている。

ベル・エポック時代のパリといえば、太陽のように輝いていたはずだ。特にモンパルナス界隈は多くの芸術家が集まったところであり、彼らのたまり場であるロトンドなどのキャフェには、ある種のオーラが漂っていたはずだ。だがこの映画の中のパリは、オーラどころか、どんよりとした空気に覆われているように見える。それはベッケルの映像処理があまりうまくないことによるのかもしれない。同じパリでも、デュヴィヴィエの描くパリはもっと風情に富んでいて、かつ人間の息吹に満たされている。映像の巨匠デュヴィヴィエと比較するのは酷かもしれないが、やはりもっと工夫のしようがあったろうと言いたくなるところだ。





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