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ピアニストを撃て(Tirez sur le pianist):フランソア・トリュフォー



フランソア・トリュフォーの1960年の映画「ピアニストを撃て(Tirez sur le pianist)」は、トリュフォーの名を知らない今日の観客が見れば、凡庸なB級映画にしか見えないだろう。筋書きは三文小説のように退屈だし、映像が大胆な美を演出しているわけでもない。ただひとつこの映画には歴史上の価値がある。それはシャルル・アズナヴール演じる主人公のピアニストが娼婦とベッドにもぐるシーンで、娼婦の巨大な乳房が映し出されるところだ。それまでの映画では、女性の乳房をアップで映し出したものはなかったので、これは当時の観客を大いに驚かせたに違いない。しかし、いまでは女性の乳房をアップで映すのはごく普通のことになっており、この映画のシーンが取り立ててショッキングに映るということはない。

フランソア・トリュフォーは、フランスのヌーヴェル・ヴァーグ運動を理論面で指導した人物で、映画についてかなりうるさいことを言っているが、自分で作った映画は、この程度だったわけだ。

今日の観客のなかでこの映画に多少の好奇心をそそられる者がいるとすれば、それはかなりヘビーなシャンソン・ファンくらいだろう。アズナヴールといえば、イヴ・モンタンと並んで、パフォーマンス系シャンソニエの代表選手として一世を風靡した。歌声と言い、仕草と言い、なかなか人を高ぶらせるものを持っている。この映画の中でも、アズナヴールの歌声が聞こえてくる場面があるが、その声には独特のセクシーな魅力がある。

この映画の中のアズナヴールは小柄で気が小さいピアニストということになっている。にもかかわらず、安酒場の親父と喧嘩したり、二人組みのギャングに追われたりする。その挙句、酒場の親父をナイフで刺し殺したり、ギャングとの撃ち合いで連れの女を殺されたりする。その数年前には、自分の妻を精神的に追い詰めて、飛び降り自殺させたりもしている。そういうところはやはりフランス人好みなのだろう。アメリカ映画なら、人を殺すのはマッチョな男というのが相場だが、フランス映画では優男が弾みで人殺しをするというわけである。

題名の「ピアニストを撃て」は、原作の表題をそのまま借用したのだろうが、映画ではピアニストが銃撃の標的になっているわけではない。標的になっているのは、ギャング仲間を裏切った彼の兄弟たちなのだが、その兄弟たちの引き起こした騒ぎにピアニストが心ならずも巻き込まれる、というだけの話だ。





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