壺齋散人の 映画探検
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ヒッチコック「三十九夜」:ミステリー映画の古典



「三十九夜( The 39 Steps )」は、アルフレッド・ヒッチコック( Alfred Hitchcock )が1935年にイギリスで作った作品である。イギリス人は周知のようにミステリー小説が好きで、シャーロック・ホームズ・シリーズを始め多くのミステリー小説の傑作を生んできたが、映画のほうでもそうしたミステリー小説を好んで題材にした。ミステリー映画を作っていれば、それなりの興行成績が見込めるからだ。そんな中でアルフレッド・ヒッチコックは、ミステリー映画の巨匠と言われた。彼の活動は、サイレント時代から1970年代までの半世紀にも及ぶが、その間にせっせとミステリー映画を作り続け、それらがことごとく評判をとったのであった。

「三十九夜」は、ヒッチコックの初期の傑作でミステリー映画の古典といわれる。ジョン・バカンの同名のスパイ小説を映画化したものだ。日本語では「三十九夜」という題名にされているが、もともとの意味は「三十九段の階段」である。しかし、夜にしても、階段にしても、映画のイメージをストレートにあらわしたものではない。それは、スパイたちの暗号の一つなのである。

スパイ映画といっても、スパイを主人公にした映画ではない。主人公はハネイ(ロバート・ドーナット Robert Donut )という名のカナダ人である。このカナダ人がふとしたことから、スパイ組織と関わりになり、それがもとで予期せぬ冒険をする羽目になるというものだ。

その冒険とは、次のようなものだ。ハネイはロンドンのある劇場でミスター・メモリーという芸人の芸(記憶術のようなもの)を見物していたが、その最中に殺人事件がおこる。すると思いがけなく、その場に居合わせていたある女がハネイに保護を求めて来たので、ハネイは彼女を自分の部屋に連れて行く。しかし彼女は何者かによって背中にナイフを突き立てられ死んでしまうのだ。死ぬ時に、スパイが重要な国家機密を海外に持ち出そうとしているとか、スコットランドにその手がかりがあるとか、不可解な言葉を残す。ハネイは、迫りくる追手を逃れて、逃走する羽目になる。とりあえず、彼が向かうのはスコットランドだ。

逃避行の途中、ハネイは自分が殺人事件の容疑者になっていることを新聞で知る。警察が自分を追い回していることを感じる。ハネイは、自分の潔白を証明するには、スパイ組織の陰謀を明らかにしなければならないと思うようになり、その手がかりを求めて、女が言及していた場所に向かうのだ。

ハネイはやっと、その手がかりをつかむ。女が残した地図を頼りにある家を訪ねると、そこには女が言っていた小指のない男がいた。その男はスパイ組織のボスで、イギリスの国家情報をいましも海外に持ち出そうと企んでいた最中だった。その男と面会したハネイはしかし、あっさりと銃で撃たれてしまう。

だが、ハネイは奇跡的に助かった。そこで警察に赴いて、スパイ事件のことや自分が潔白であることなどを訴えるが、スコットランドの警察は信用してくれない。ハネイは警察からも逃げ続けることになる。いまや彼は、警察とスパイ組織の両方から追われる身なのだ。

この逃避行の最中、ハネイは一人の女を道連れにするようになる。このパメラという女(マデリーン・キャロル Madeleine Carroll )とは、スコットランドに向かう列車の中で出会ったのだが、その後、ひょんなことから離れられない間柄になってしまった。というのも、警官によって、ハネイの手と彼女の手が鎖でつながれてしまったのだ。

こうして鎖でつながれた男女が、警察やスパイ組織の追及を逃れて歩きまわる。そのシーンがこの映画の最大の見どころだ。鎖につながれて行動を共にするうち、二人の間には妙な連帯感が生まれるようになる。その連帯感はいずれ恋愛感情へと移行していくに違いない。

大団円は、最初に出て来たのと同じ劇場で繰り広げられる。ここに、スパイ組織のボスや、その動向をかぎつけたハネイらが集まる。芸を披露するミスター・メモリーに向かって、ハネイが The 39 Steps という暗号の意味を問う。ミスター・メモリーはその意味を説明しにかかる。それを見ていたスパイのボスは、大慌てでミスター・メモリーを銃殺しようとする。しかし、ミスター・メモリーは命拾いをし、スパイのボスは逮捕されてしまうのだ。

最後に、ミスター・メモリーの口から、事件の全容が説明される。スパイたちはイギリスのエンジン技術の情報を盗みとってそれを海外に持ち出す計画であったが、官憲の眼をごまかすために、記憶力がよい自分にそれを記憶させて、海外に脱出したあと吐かせるつもりだったというのである。

こうしてミステリーは解明され、悪人は滅び、罪のない主人公は無実を晴らすことができた、というところで映画は終わる。ハネイとパメラがその後どうなったかは、観客諸君の想像力にお任せする、と言いたげな雰囲気を残して。

なお、ハネイがスコットランドの人に向かって、君は英語が話せるか、というシーンが出てくる。今では、こんな質問はナンセンスなほど、普通のスコットランド人も流暢な英語を話すようになったようだが、この時代にはまだ、英語を解せずスコットランド固有の言葉しか話せない人々が大勢いたということなのだろう。



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