壺齋散人の 映画探検
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海外特派員(Foreign Correspondent):アルフレッド・ヒッチコック



アルフレッド・ヒッチコックの1940年公開の映画「海外特派員(Foreign Correspondent)」は、ミステリー・サスペンス映画の傑作である。というより古典といってもよい。ミステリーの要件たる謎解きやどんでん返し、鬼気迫るサスペンス、そして要所で差し挟まれるアクションシーン、そうした要素が盛り込まれていて、それらが壮大な時代状況を背景にして展開されていく。その濃密な世界は、これこそミステリー・サスペンスの見本だと思わせる。

この映画が公開された1940年は第二次大戦勃発から一年も経っておらず、アメリカはまだ参戦していなかった。戦線の状況は、ドイツの圧倒的な優勢が伝えられており、その行方にはアメリカ国民は無論、世界中の人々が注目していた。この映画はそんな状況の中で、この未曾有の戦争がいかにして始まったのか、それに対してアメリカ国民はどう向き合うべきか、そんな問題意識に応えたという面もあって、大いにヒットした。

映画のテーマは、第二次世界大戦がどのようにして始まったのか、ということにある。映画自身は(字幕を通じて)、これはすべてフィクションであり、現実の世界とは何ら係わりがないと強調しているが、当時の観客には、これが国際政治の裏面をとり上げたものであり、戦争と平和を巡る情報戦を描いたものだということはピンときたはずだ。実際映画の終盤では、イギリスとドイツが戦争状態に入ったことや、中立国アメリカの民間旅客機がドイツの軍用艦によって撃墜される場面が展開され、フィクションとして始まったはずの映画が、現実を描いたものへと転換している。しかも主人公である海外特派員ジョーンズが、ラヂオを通じてアメリカ国民に訴えかけるという仕掛けまで施されている。その訴えとは、英仏側についてドイツと戦かおうというような内容で、図らずもヒッチコックの愛国心が透けてみえることとなった。

主人公のジョーンズ(ジョエル・マクリー Joel McCrea)は、アメリカのニュース会社から海外特派員としてヨーロッパに派遣される。彼の任務は、戦争へ向かって一触即発の状態にある政治情勢を正確に把握し、それを打電することだった。ロンドンについたジョーンズをとりあえず待っていたのは、平和活動家のフィッシャーやオランダの外交官ヴァン・メアだった。ヴァン・メアは、ドイツにとって極めて重要な情報を知っているということになっている。ドイツはその情報にもとづいて英仏に対する宣戦布告の是非を判断するはずだというわけなのである。

一方フィッシャーのほうは高名な平和運動家で、ヴァン・メアとともに世界戦争の勃発を阻止すべく大規模な民間運動を組織しているということになっている。フィッシャーにはキャロル(ラレイン・デイ Laraine Day)という一人娘がいて、ジョーンズは次第に彼女と恋仲になっていく。また、ジョーンズはイギリスのニュース記者フォリオットとも仲良くなる。ジョーンズとフォリオットそしてキャロルの三人が、縺れ合いながら事件の解決に向かって進んでいく、というのがこの映画のあらましである。

その事件というのは、戦争開始にとって決定的な情報を握っているとされるヴァン・メアが何者かによって誘拐されたことだ。誘拐したのはドイツのスパイで、ヴァン・メアの口から秘密情報を聞きだすことが目的らしい。ヴァン・メアの誘拐がばれないように、犯人たちはヴァン・メアの替え玉を公衆の面前で射殺するといった狂言まで仕組む。

そこで、ジョーンズらによる追跡が始まる。この追跡の過程で彼らは幾度も危ない目に会う。その危ない場面がサスペンス映画としてのこの映画の一つの魅力となっている。

何度か危ない目に会ったジョーンズは、ヴァン・メア誘拐犯グループのトップが他ならぬフィッシャーであることに気づく。ジョーンズはフィッシャーの娘キャロルを愛するようになっており、仕事と恋人との間の葛藤に悩む。しかし、仕事を優先してフィッシャーら誘拐犯グループの追跡に全力を傾けるのだ。

だが結局、フィッシャーらはヴァン・メアから秘密の情報を聞きだすことに成功し、それにもとづいてドイツによるイギリスへの宣戦布告が行なわれる。フィッシャーはその後キャロルと共にアメリカへの逃亡を図るが、彼らを乗せてアメリカに向かう途中の飛行機が、ドイツの軍用艦に撃墜されてしまうのだ。その飛行機にはジョーンズとフォリオットも乗っていた。彼らはキャロルともども救助されるがフィッシャーは自ら海中に沈んで命を絶つのである。

こんなわけでこの映画は、成功物語にはなっていない。第二次世界大戦はすでに起きてしまっていたわけであり、いまさら時間の流れを巻きもどすわけにはいかなかったこともあるが、ミステリーと言いサスペンスと言い、必ずしも成功話に終わる必要がないといったこともあっただろう。

ともあれこの映画は、史実の合間を縫って空想を逞しくした極限のケースといえよう。第二次世界大戦そのものは、この映画で展開されたものとは全く違う事情にもとづいて始まった。だから、この映画は実際の出来事とは何ら関係がなく、映画自身もそのことを強調しているのであるが、それでも、あの戦争の背景にこのようなことがあったとしてもおかしくない、そう思わせるところがこの映画の小癪なところかもしれない。





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