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断崖(Suspicion):アルフレッド・ヒッチコック



アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)の映画「断崖(Suspicion)」は、原題を「疑惑(Suspicion)」というが、この方が映画の内容をよく表している。この映画は、結婚したばかりの妻が、夫の異様な行動に疑いを持つようになり、ついにはそれが疑惑から妄想に発展し、精神衰弱へと追い詰められていくという話なのである。

リーナ(ジョーン・フォンテイン Joan Fontain)は列車の中でジョニー(ケーリー・グラント Cary Grant)という男と知り合う。この男は女たらしで派手な生活をしているらしく、堅実な家に育ったリーナには胡散臭く思えるところもあったが、どういうわけか愛してしまい、親の反対を押し切って結婚する。新婚旅行ではヨーロッパ中を歩き回り、新居には豪邸を借りて、メードまで雇うという豪華ぶりだったが、実はその費用はすべて借金で、ジョニーは一文無しに近い境遇であるばかりか、仕事もしていないことを知って、リーナは愕然とする。

リーナはジョニーに仕事をするように説得する。ジョニーはリーナの意見を容れて従兄の会社の仕事をするようになるが、幾日も経たないうちに首になってしまう。会社の金を使い込んだことがばれてしまったからだ。金を返さなければ告訴すると脅されたジョニーは、金策のために色々なことをやり始める。友人のビーキーを唆して不動産投資をさせようとしたり、妻の死亡保険金を前借しようとしたり。くわしい事情を知らないリーナには、そんなジョニーの行動が異常に映り、次第に彼に対する疑惑を深めていく。

最初の大きな疑惑は、ジョニーがビーキーを殺したのではないかというものだった。ビーキーは不動産投資のことでパリに行った際に、そこで死んでしまったのだ。そのことで警察の訪問を受けたリーナは、ジョニーを疑うようになる。ビーキーが死んだ時間にジョニーはロンドンにいたはずなのに、いなかったということがわかったからだ。

次に、ジョニーが自分の死亡保険金を目当てにしていることを知って、ジョニーが自分を殺そうとしているのではないかと疑うようになる。その疑いは、ジョニーが友人の作家イソベルに毒薬の作り方をしつこく訪ねているところを見たことで増幅される。彼女は、ジョニーが自分を毒殺しようとしているのではないかと疑うのである。

疑いは疑いを呼び、リーナはついにジョニーの何もかもを信じられなくなる。ジョニーが自分のために淹れてくれたホットミルクを飲もうともせず、そもそも一緒にいることに耐えられなくなる。こうしてリーナは、しばらく実家に帰って静養するとジョニーに宣言する。人のいいジョニーは、では自分が送って行こうといって、辞退するリーナを強引に車に乗せる。

車は、リーナの家に向かって海岸地帯を走っていく。その海岸には断崖絶壁があって、そこから突き落とされれば即死すること間違いない。車がその断崖に近づいた時、リーナの恐怖は極限まで高まった。

結局、リーナの疑惑はすべて妄想だったということがわかる。リーナは、断崖を前にして車から飛び降りようとしたところをジョニーに制止されたことがきっかけで、自分の疑惑をジョニーに対して発露するのだが、それがいずれも根拠のない妄想だったということが判明するのだ。ビーキーが死んだとき、ジョニーは金策のためにマンチェスターにいたのだったし、イソベルに毒の作り方を教わったのは、借金のために首が回らなくなって、自殺することを考えたからだというのだ。

こうして疑惑の晴れたリーナは、改めてジョニーとの生活をやり直そうと決心する、というわけである。

こんなわけでこの映画は、一人の女のヒステリックな妄想の動きをテーマにしているのだが、その妄想の起こるプロセスが、それなりに自然な流れとして描かれている。リーナの妄想が荒唐無稽なものに終わっておらず、それなりに一理あると感じさせるところが、この映画のすごいところだ。だが、同時期の他のヒッチコック作品と比較すると、やや冗長たるを逃れていないようだ。

なお、ケーリー・グラントと言えば、アメリカ映画史上でも有数の二枚目俳優だが、この映画のなかでは、とぼけたお調子者の雰囲気を心憎く演じていた。相手役のジョーン・フォンテインは、「レベッカ」の中でも常に不安に苛まれている女性を演じていたが、この映画では不安と言うより疑惑に苛まれ、その挙句に神経衰弱になっていくさまを演じていた。彼女の神経衰弱が破滅的なものにならずに済んだのは、ケーリー・グラント演じるジョニーの気さくな人柄の賜物だと言える。





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