壺齋散人の 映画探検
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疑惑の影(Shadow of a doubt):ヒッチコック



アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)の1942年の映画「疑惑の影(Shadow of a doubt)」は、ヒッチコックにしては出来の悪い作品だ。ミステリーと言うには、ミステリーの要素が弱い。というのも、ミステリーの内容が映画の比較的早い時期に明かされているからだ。また、サスペンスと言うには、サスペンス特有の逼迫感がない。というのも、サスペンスの主体が、あまりにも中途半端な人格になっているからだ。

映画の舞台は、カリフォルニア州のサンタローザという町。そこに平凡な家族が住んでいる。両親に三人の子ども。長女は成人しているが、特段職に就いているわけでもなく、平凡な毎日に飽き飽きしている。そこへ、母親の弟という男が現れる。この姉弟は、弟がまだ小さい時に別れたきり会っていなかったということになっており、姉は再会を大変に喜ぶ。その男(ジョゼフ・コットン Josef Cotten)と長女(テレサ・ライト Teresa Wright)は、二人とも同じチャーリーという名前なのだ。そんなこともあって、長女のチャーリーは叔父のチャーリーに特別の親密感を抱く。

ところが、叔父のチャーリーは、実は殺人犯だった。彼は東部の町で殺人を犯したのち、司直の追及を逃れるために、カリフォルニアまで逃げて来たのだ。その犯人である叔父を追って、連邦警察がやってくる。長女のチャーリーは、叔父と警察との追跡劇に巻き込まれるうち、最初は叔父が犯人だとは信じられなかったが、ハンサムな刑事への好意も働いて、次第に叔父を疑うようになる。

そんな姪のチャーリーを、叔父のチャーリーは危険視するようになる。そうして、遂には姪のチャーリーを殺そうとする。しかし、勢い余ってやりそこない、自分が死ぬ羽目になる、というようなストーリーだ。そのストーリー展開の過程で、観客は叔父のチャーリーが殺人犯だということを、映画の初めから納得させられる。だから、叔父が姪に抱く感情の中身は、観客には良くわかる。一方、姪の方は、叔父に対して半信半疑でいるわけで、したがって彼女の行為には矛盾したところもある。それも観客には良くみえる。というわけで、この映画は、ネタを最初にばらしていることで、ミステリーの要素が弱くなり、殺意の源泉が明らかにされていることで、サスペンスの逼迫感も減殺されている。

叔父を演じたジョゼフ・コットンは、「市民ケーン」や「第三の男」におけるインテリジェントな紳士と言う印象が強いので、この映画におけるような、一見ニヒルで、それでいて支離滅裂なキャラクターは、似合っていないという感じを受ける。姪を演じたテレサ・ライトのほうは、平凡だがなかなか芯の強い女性を演じていた。こういうタイプの女性というのは、恐らくアメリカ人の理想に近いのだろう。彼女はその後女優として、こういうアメリカ的な女性を演じ、多くのアメリカ人の支持を獲得するようになったわけだ。

それにしても、最後のシーンは、ちょっと待ってくれと言いたくなるところだ。叔父は姪を殺すつもりで列車のコンパートメントの中に閉じ込める。そして、力づくでデッキの場所まで運んで行って、デッキから突き落として殺そうとする。だが、ひょんなはずみから自分自身がデッキから脱落し、反対側からやって来た列車に轢き殺されてしまうのである。ここには、納得できない要素が二つある。まず、姪が列車に閉じ込められる部分。この場面では、姪は叔父の秘密を知っているわけであるから、叔父に殺される可能性も十分に認識していたはずだ。だから、叔父と二人きりになることがどんなに危険なことかはわかっていたはずだ。それなのに、自分の方から叔父の懐に飛び込むようなヘマをやっている、それが一つ。

もう一つは、叔父が簡単にデッキから落ちてしまうことだ。叔父と姪とは、大人と子どもほどの体格差がある。だから、本気になれば、姪をデッキから突き落とすことは、窓から犬を投げ捨てるように簡単なことだったはずだ。なのに、叔父は姪にかわされて勇み足をするような形になる。まるで、姪の方も一人前の力持ちであるかのように、この部分は描かれている。それが二つ目の不満だ。

舞台となったサンタローザは実在する町のようだ。そこでは、人々は互いに知り合っていて、誰もが長女のチャーリーに親しく声をかける。そんな中で叔父のチャーリーは、ただでさえ目立つ存在なのに、ことさらに人々の関心を煽るような言動をする。彼は、世の中を心の底から憎んでいて、その憎しみが折に触れて彼の言動に現れるのだ。彼が殺人を犯したそもそもの動機も、世の中に対する彼の憎しみに発している、というようなメッセージも伝わってくるのだが、それは申し訳程度に発せられるだけで、大した意味があるというわけでもない。





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