壺齋散人の 映画探検
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汚名( Notorious ):アルフレッド・ヒッチコック



アルフレッド・ヒッチコック( Alfred Hitchcock )の1946年の作品「汚名( Notorious )」は、女スパイとCIA捜査官との、恋と冒険を絡めた映画である。この映画には、1946年という時代の背景が強く影を落としている。この映画で二人の主人公が立ち向かう相手は、ナチスドイツの残党と言うことになっており、彼らがアメリカとの再戦を目的に開発している兵器の情報を探ろうというのが、この映画のストーリーになっているからだ。

ナチスの残党が、南米に秘密の拠点を設け、アメリカとの再戦争を準備するというストーリーは、ルネ・クレマンの映画「海の牙」にも出てくる。おそらく、そのような妄想が、大戦直後には強いリアリティを伴って流れていたのかもしれない。この映画でも、舞台はブラジルであり、そこで陰謀を企むナチスの残党の中に、イングリッド・バーグマン( Ingrid Bergman )演じるCIAのエージェントが単身乗り込み、情報を収集するということになっている。それに、ケーリー・グラント( Cary Grant )演じるCIA捜査官が絡んで、彼女との間に取引を仕掛けたり、恋のゲームを唆したりと、ストーリーの味付けをするというわけである。二人が最後にめでたく結ばれるのは、娯楽映画としては、定石というものだろう。

アリシア・フーバーマン(イングリッド・バーグマン)は、始めからスパイだったわけではない。だが、彼女の父親はスパイの容疑で有罪になった。そこで彼女は、スパイの娘だと「汚名」を着せられ、屈託に満ちた生活をしていた。そこをCIAが目をつけ、彼女をアメリカのスパイに仕立て上げる。何故彼女が、CIAの申し出を受諾したのか、映画からは十分に伝わってこない。自分の汚名を晴らしたいのか、それとも、自分に近づいてきた捜査官デブリン(ケーシー・グラント)の色仕掛けにしびれてしまったのか。どうも、その両方らしい、と観客は秘かに思ったりする。

ターゲットの陰謀組織は、リオデジャネイロにアジトを置いて、アメリカとの再戦争に備えている。彼らはどうも、強力な武器を作っているらしい。その武器とは、核兵器であるらしいことが、映画の最後の方で明らかになるが、映画が進行している間は、漠然としている。そういう漠然とした状況の中で、アリシアの情報収集が続くわけである。

アリシアは、スパイ活動を円滑にするために、残党のメンバーであるセバスティアン(クロード・レインズ)に接近し、あまつさえ、相手の希望を容れて結婚までする。彼女が本当に愛しているのはデブリンなのだが、そのデブリンを喜ばせるために、愛してもいない男と結婚するわけだ。このあたりは、いくら娯楽映画でも飛躍のし過ぎだと思われないでもないが、そこを無理なくさらっと描いているのは、ヒッチコックの熟練の賜物だろう。

しかし、いくらなんでも、愛してもいない男と結婚までし、情報を集めるのは、ほかならぬデブリンを愛していればこその行いだった。それなのに、デブリンはほんとうに自分を愛しているのか、アリシアには疑念が起こる。一方デブリンのほうも、いくら仕事のためだとはいえ、愛する女を他の男と結婚させたことで、当然のことながら、その男に女が抱かれていると思うと、嫉妬の炎がムラムラと燃え上がってくる。そんなわけで、二人が協力して始めたスパイ活動だが、色々なノイズに煩わされる。

順調に進んでいたかに見えた彼女の情報活動に転機がやってくる。夫のセバスティアンが、彼女がアメリカのスパイだと見ぬいてしまうのだ。そこで夫は、母親と共謀して、彼女を抹殺しようとする。しかし、公然とは殺せない。第一、彼女がアメリカのスパイだったということが、他のメンバーにばれると、彼女だけではなく、セバスティアンまで殺されてしまう。そこで、彼ら母子は、アリシアに少しずつ毒を盛り、病気で衰弱して死んだと見せかけることにする。アリシアは、いまや袋の中の鼠となって、彼らに殺されるのを待つだけの状況に追い詰められる。

そこへ、恋人のデブリンが駆けつけて、彼女を火の車から助け出すというわけだ。この辺は、ちょっとムリ筋だと思えないこともないが、そこはまあ、娯楽映画だと思って鷹揚に構えておいた方がいいだろう。

ラスト・シーンは、デブリンが衰弱したアリシアを介抱して二人で逃れ去った後、セバスティアンが仲間に呼ばれるところで終る。この後何が起こるかは、観客のあなたが一番よくご存じでしょう、と言いたげな様子で。

こんなわけで、この映画は、ミステリーの謎解きというよりも、敵と戦う女スパイの孤独な心理をサスペンスタッチで描いた作品だと言えるのではないか。





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