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見知らぬ乗客( Strangers on a Train ):アルフレッド・ヒッチコック



アルフレッド・ヒッチコック( Alfred Hitchcock )の映画「見知らぬ乗客( Strangers on a Train )」は、サイコ・サスペンスの秀作と言ってよいだろう。サイコ・サスペンスとは、精神異常者の異常な言動に善良な人々が振り回されるというパターンが主流で、同じくヒッチコックの作品「サイコ」がその頂点をなす。「見知らぬ乗客」は、その走りをなすものと位置付けてよい。

電車の中で二人の男が出会う。一人はテニス選手で、もう一人はそのファンだと自称している。この出会いは、偶然のもののように思えたが、実際には巧妙に仕組まれたものだった。実はファンと名乗る謎の男には思惑があったのだ。この男こそは、精神異常者であるということが、だんだんわかってくるのだが、最初の頃は一風変わった人間というくらいにしか見えない。その一風変わった人間が次第に本性を現し、信じられないような異常行動をとるようになる。その異常さに、テニス選手である主人公のガイ(ファーリー・グレンジャーFarley Granger )を始め、様々な人々が振り回され、それを見ている観客もハラハラさせられる、というわけなのである。

この精神異常者ブルーノ(ロバート・ウォーカー Robert Walker )が、電車の中で会ったばかりのガイにとんでもない提案をしてくる。お互いに殺したいと思っている人間を、交換殺人しようというのである。ブルーノは父親を殺したいと思っているし、ガイのほうは妻を殺したいと思っているはずだ。というのも、妻は尻軽女で他の男の子どもを身ごもる始末、ガイには別に恋人ができた、ところが妻が別れようとしないので、無事再婚することができない、だから殺したいだろうというわけだ。ブルーノは、ガイが交換殺人のパートナーとして相応しいと思い、その身辺を念入りに洗っていたのだ。

交換殺人ならば、互いに動機がないわけだから、疑われることもない。完全犯罪になる。そう言ってブルーノは、ガイに対して協力者になることを強要する。強要されたガイは、話があまりにも馬鹿げているので相手にしないのだが、ブルーノの方は、まず自分から一方的にガイの妻ミリアムを殺害してしまう。その現場となった遊園地が、この映画のキースポットとなる。

ミリアムを殺したガイは、今度はガイが約束通り自分の父親を殺す番だと言ってくる。それに対してガイは、警察に届け出ると抗弁するが、ブルーノは、そんなことをしても、お前が疑われるばかりだし、少なくとも、妻を殺す動機があるわけだから、無罪ではすまない、といってガイを動揺させる。そのうち、警察の捜査の手がガイに伸びてきて、ガイを精神的に混乱させる。

ここからが映画の見どころだ。ブルーノは執拗にガイの前に姿を現し、そのたびに約束の履行を迫る。ガイにはそんなつまりは毛頭ないのだが、自分にも弱みがあるような気がして、精神的に追い詰められていく。その挙句、ついに相手の要求に屈してブルーノの父親を殺害する気になる、と観客にも思わせるような演出があった後、大団円へと突入していくのである。

大団円の舞台は、ミリアム殺害の舞台となった遊園地だ。ブルーノは、ガイに約束履行の気持ちがないことを見届けると、今度はガイをミリアム殺害の犯人に仕立て上げようと決意する。ブルーノは、たまたまガイのライターを手に入れていた。そのライターをミリアム殺害現場に置いておくことで、ガイがミリアムを殺害したように見せかけようというのである。

ブルーノの企みを知ったガイは、遊園地に馳せつけてライターを回収しようとする。ガイの動向をずっと尾行していた警察もガイの後を追って遊園地に向う。こうして、遊園地には、ブルーノ、ガイ、警察の三者が集まって入り乱れることとなる。まず、ブルーノとガイとが、メリーゴーラウンドの上で格闘を始める。そのうちメリーゴーラウンドが故障して大旋回を始める。そのめまぐるしく旋回するメリーゴーラウンドの上で、二人はすさまじい格闘を演じるのだが、その間にメリーゴーラウンドが爆発し、そのあおりでブルーノは死ぬ。そこでガイは警察に逮捕されかかるのだが、遊園地の職員が、殺人事件の犯人はブルーノだと証言したことによって、晴れて無実が認められる、という結末になる。

この大団円にむけて、心憎い演出がいやおうなしに観客の興奮を高める。たとえば、テニスマッチのいきづまるようなやりとり。ガイは、警察から疑われることを恐れて、予定通りのテニスマッチに臨むのだが、それを早く終わらせて、遊園地に向いたい。そのため、彼のラケットには異常な力がこもる。テニスマッチと犯罪とは表面的には関係がないのだが、その試合の進行がガイの運命を支配しているように描かれる。

ブルーノの方も、遊園地に向かう途中、肝心のライターをマンホールに落してしまうアクシデントに見舞われる。これはこれで、そのライターの行方が主人公たちの運命を左右しているように描かれる。

つまり、大団円に向って太い流れが一直線に進んでいくのではなく、さまざまな小さな流れが集まって大きな流れに合流するという具合に設定されているのである。この辺は、有能な映画作家としてのヒッチコックの腕の見せどころとなっている。

こんなわけでこの映画は、ストーリーの奇抜さで観客を引きつけ、登場人物の異常な行動で観客を幻惑させ、洒落た演出で観客をうならせる、実にサービス精神に富んだ映画だと言える。

なお、精神異常者ブルーノを演じたロバート・ウォーカーは、人間の正常と異常との境界をいつも乗り越えているようなサイケデリックな雰囲気を実に自然に演じていた。この俳優は、この映画の公開直後に薬物中毒で死んだ。彼自身が精神的な障害に苦しんでいたということである。





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