壺齋散人の 映画探検
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裏窓(Rear Window):アルフレッド・ヒッチコック



ヒッチコックは「ロープ」において、マンションの一室を舞台にした一場ものの作品を作ったが、「裏窓(Rear Window)」もその延長といえる作品である。全編が一つの場面に固定されている。両者の違うところは、「ロープ」では部屋の中に据えられたカメラが、部屋の中だけを写すのに対して、「裏窓」では部屋の中に据えられたカメラが、部屋の中だけではなく、部屋の外も映し出すところだ。

裏窓というのは、アパートの部屋の裏側にある、中庭に向かって開いた窓のことだ。その窓からは、中庭に向かって開いた沢山の窓を通じて、他人の生活を覗き見ることが出来る。この映画は、裏窓を通じて他人の生活を覗き見ている暇な男を中心に展開していく。ヒッチコックらしく、そこに犯罪が絡んでくる。つまり裏窓を通じて他人の生活を覗いているうちに、殺人現場を目撃した(あるいはそう思い込んだ)男の、事件解決に向けての努力を描いたというのが、この映画のミソだ。

ジェームズ・スチュワート演じる男が、左脚を骨折して自宅療養している。六週間もアパートの部屋にくすぶっていたおかげで、男は退屈しきっている。気晴らしといえば、裏窓を通じて他人の生活を覗きこむくらいだ。

裏窓を通じて、様々な人々の私生活が見えてくる。この男の職業はカメラマンということになっていて、当然望遠レンズも持っているから、ときには望遠レンズを使って他人の振る舞いを詳細に覗こうともする。あまりいい趣味ではない。その上この男は想像力がたくましいらしく、他人の振舞いから様々なことを、つまりありもしないことまで想像してしまう。

それ故、この男が、ある夫婦の生活を覗きこんでいるうちに、夫が妻を殺したと思い込んだときには、それは男の思い過ごしではないかと、我々観客も思ってしまうくらいだ。毎日のように身の回りの世話にやってくる家政婦や、男の恋人(グレース・ケリー)も、最初のうちは男の言うことを信じない。まして男の友人だという刑事も頭から男の言うことを信じない。男が、殺人の状況を説明して、捜査するようにアドバイスしても、刑事は適当にあしらう。

ところが、男の熱心さが効を奏して、恋人と家政婦が半分信じるようになる。こうして本格的な犯罪捜査が始まる。それはいきなり始まるといった感じなので、つまり恋人も家政婦もあるとき洗脳されたように突然男に協力するように見えるので、見ている観客としては、多少とまどうところもある。

結局、男が犯罪だと思ったことは、男の想像ではなくて、実際に起きたことだった、ということが最後に解明される。犯人は、男が覗いているのを知らずに、妻を殺し、その後何食わぬ顔で居たところを、自分の部屋に不審な女(男の恋人)が侵入してきたり、窓から誰かに覗かれていたことに気づくと、犯罪の露呈を恐れるかのように、男を殺しにかかる。そこで始めて観客にも、やはり男の言っていたことが本当だと納得されるというわけなのである。

こんな具合で、最初のうちは男の言っていることが想像力のもたらした妄想だと観客にも思わせておきながら、最後にはそれが妄想ではなく本当のことだったのがわかるというかなり込み入った構成をこの映画はとっている。何しろ一場ものであるから、あまり複雑な仕掛けはできない。カメラに映るのは、男の部屋の中にいる人間たちや、男のカメラが捉える映像だけだから、観客は男の言っていることがどこまで実際と一致するのか、それを自分自身で判断する労をとらねばならない。だからこの映画は、ただ受動的に映像を享受するだけではなく、自分自身でパズル解きをする楽しみにも事欠かない。そうした意味では、すぐれた娯楽作品にもなっている。

男を演じたジェームズ・スチュアートが、なかなかとぼけた味を出していた。この男は、あと一週間でギプスが取れるはずだったところを、犯人に窓から突き飛ばされたおかげで、もう片方の脚まで骨折してしまうのだ。カメラが男の部屋から出てゆくのは、このシーンだけである。





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