壺齋散人の 映画探検
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郵便配達は二度ベルを鳴らす(Ossessione):ルキノ・ヴィスコンティ



「郵便配達は二度ベルを鳴らす(Ossessione)」は、ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)の処女作である。ヴィスコンティがこの映画を作ったのは1942年のことだ。この年は、第二次世界大戦の真っただ中で、イタリアはまだムッソリーニのファシスト党が支配していた。だがこの映画には、戦争の気配も、ファシストの存在も、まったく感じられない。まるで、同時代のイタリアではなく、どこか架空の国での出来事を描いているかのようだ。

それにしては、ヴィスコンティはこの映画を、ネオレアリズモの作品だと言っているし、映画評論家の中にもこの映画をネオレアリズモの先駆的作品だと讃えるものがいる。通常ネオレアリズモといえば、戦後のイタリア社会をリアリスティックに描き出したものだということになっており、社会的でかつ批判的な視点が生命だとされている。そうした観点からこの映画を見ると、社会問題を取り上げているわけでもないし、またどこが批判的なのかわからぬところがある。

たしかにヴィスコンティは、戦後になってから作った二つ目の作品「揺れる大地」を、ネオレアリズモを意識して作った観がある。当時ネオレアリズモと言えば、作品を称賛する言葉だったと言ってもよかったので、ヴィスコンティも、「揺れる大地」ではその言葉に乗ろうとし、ついでに処女作の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」まで、ネオレアリズモの作品だと言いたくなったのかもしれない。だがそれは、無理筋というべきだろう。この映画は、どう甘く見てもネオレアリズモには言えない。

この映画の原作は、アメリカ人作家ジェームズ・M.ケインの小説 The Postman Always Rings Twice である。ヴィスコンティは、オーサーの了解をとらずにこの作品を映画化し、題名も勝手に変えてしまった。イタリア語でのこの映画の題名 Ossessione は、英語の Obsession と同じく、「妄執」という意味である。こんな事情もあって、この映画はイタリアでの公開後数日で上映禁止になってしまったし、アメリカでの公開は1976年になった。だから映画史上では、殆ど意義を発揮することがなかった。

映画のテーマは夫殺しである。街道沿いにガソリンスタンド兼バーを経営している老人の妻ジョヴァンナ(クララ・カラマイ Clara Calamai)は、老いて醜い夫にうんざりしている。その彼女の前に、若くてハンサムな男が現れる。この男は放浪中の一文無しだが、性的魅力はふんだんにある。と言うわけでジョヴァンナはこのジーノ(マッシモ・ジロッティ Massimo Girotti)と言う名の男に一目惚れしてしまうのだ。

ジーノのほうもジョヴァンナが気に入って、この店にしばらく身を置くことにし、夫の不在を見はからってはジョヴァンナとセックスをする。しかし、旅情抑え難きものがあると見えて、ジーノは彼女と別れてまた旅に出る。その旅の途中、ある男と知り合って行動を共にしたりする。この男との間では、同性愛の関係が仄めかされたりする。ヴィスコンティは完全なゲイではなかったが、いわゆるバイセクシャルとして、同性愛にも一定の趣味があった。その趣味を映画の中で楽しもうとして、こんな話を挿んだのだと思われる。

ジーノとジョヴァンニは、とあるところで思わず再会する。今度こそは別れられぬと考えた二人は、ジョヴァンナの夫を、事故に見せかけて殺害する。事故後、店に戻った二人は、そこで二人だけの生活を楽しもうとするのだが、ジーノが変な妄想に囚われるようになる。この店には死んだ夫の影が沁みついていて、落ち着いていることができないというのだ。そこでジーノはこの店を売り払い別の土地でやり直そうというが、何でも守旧的な傾向のあるジョヴァンナは受けあわない。

そうこうしているうちに、二人を巡って変な噂話が飛び交うようになり、二人の周囲には警察の影もちらつくようになる。そんなこともあって、ジーノの妄執はいよいよ甚だしくなり、ジョヴァンナとは別れると言い出す。それに対してジョヴァンナは、夫殺しは二人の共犯だと言って、ジーノを脅迫したりするのである。

最後は多少甘い展開になっている。互いに罵り合うようになった二人だが、ジョヴァンナが妊娠していることがわかると、二人は強烈な連帯感情を感じるようになるのだ。そこで二人は、別の土地でやり直そうと約束を取り交わすのだが、その時には警察の追及がすぐそこまで迫って来ていた。危機を感じた二人は、車で逃走を図る。そして猛スピードで逃走している最中、ハンドル操作を誤って崖下に転落し、それがもとでジョヴァンナは死んでしまうのだ。ジョヴァンナの夫もまた、ハンドル操作のミスで死んだという風に粉飾されていた。ジョヴァンナもそれと同じような死に方をしたわけである。

こんなわけでこの映画は、夫殺しがきっかけで取りつかれた妄執がテーマだともいえる。その意味では、イタリア語の題名は内容にかなっているわけである。一方原作の小説になぜ「郵便配達は二度ベルを鳴らす」という題名がついているのか、その理由は、作者自身もきちんと説明していないらしい。





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