壺齋散人の 映画探検
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仁義なき戦い:深作欣二



1973年の映画「仁義なき戦い」は、やくざ映画の通念を変えただけではなく、日本映画にとっても画期的な作品だったといえる。やくざ映画といえば、戦前からの伝統にたった仁侠映画がそれまでの主流であり、それは高倉健を主役に立てた諸リーズでも変わらなかった。義理と人情を重んじる人間同士の触れ合い、それがやくざ映画の骨格をなす要素だった。ところが「仁義なき戦い」では、そんな人間的な要素は微塵も見られない。見られるのは、ただただ暴力の爆発である。暴力自体を描くのは、それまでの日本映画にもなかったわけではなく、実際に黒澤などは、「酔いどれ天使」などのなかで、きわどい暴力を描いてもいたが、それらの暴力には、どこかで暴力の理屈のようなものがあった。ところが「仁義なき戦い」のなかで展開される暴力は、理屈もへったくれもない、ただただ暴力のための暴力といった趣を呈している。こんな映画はそれまでの日本映画にはなかった要素だ。それが画期的だというのである。

映画のなかの暴力ということでは、前年の1972年に公開された「ゴッドファーザー」が映画史上での大きな転機になったといわれている。この映画がきっかけとなって、暴力を描いた映画が世界中で多数作られた。この「仁義なき戦い」も、ある意味ではそうした世界的な流れに沿った作品と言えなくもない。実際、この映画の中で見られる暴力シーンは、やくざが床屋の中で銃殺されるシーンなど、「ゴッドファーザー」のパクリを思わせるところもある。だがやはり、この映画には、独特の匂いのようなものがある。その匂いが、この映画を比類のない独特のものたらしめている。

その匂いとは、おそらくは戦後日本の荒廃の瓦礫のなかから立ち上っていたあの匂いを感じさせるものだ。この映画は、敗戦直後の呉を舞台にして、やくざ同士の抗争を描いているのだが、その抗争は、互いにぎりぎりの条件の中で暮らしている者として、人間が人間を信じられず、自分が生きる為に邪魔になるものを殺すのが当然だというような、殺伐とした雰囲気が世間に漂っていた、そうした時代の風景を背景にしたものだ。今日のやくざの眼には、この映画に出てくるやくざは、あまりにも非合理な動機に基づいて行動していると見えるだろう。だが、行動している当人たちには、非合理も理屈もヘッタクレもない。生きるということは理屈で割り切れるほど簡単なことではないのだ。

映画は、広島に落とされた原子爆弾の威力を写すところから始まる。この爆弾が人間の住む都市を廃墟にしたように、戦争が日本人の心を空虚にした。その空虚な心から暴力の爆発が生まれる、と言いたいかのように、敗戦後の呉の町を舞台にして、やくざ同士の熾烈な殺し合いが演じられるというのがこの映画の内容である。舞台はまず昭和21年の呉の闇市の風景から始まる。GIたちが、泣き叫びながら逃げ惑う日本人の女性を追い詰めて、集団強姦する。それを日本人のやくざが妨害しようとすると、アメリカのMPがやってきて日本人を蹴散らす。すべては混沌の世界だ。正義もヘッタクレもない。あるのは、力が物を言うという信念だけだ。力の弱い奴は、女がGIに強姦されるように、強い奴に叩きのめされるばかりである。だから自分がやられる前に、相手をやらねばならない。この映画は、そうした暴力の負の連鎖を描いたものなのである。

この映画は、実際にあったことを元にして作られているそうだ。映画の中で菅原文太演じる広能というやくざのモデルになったあるやくざが、刑務所の中で記述したメモが出発点になっている。このやくざが属していた呉のやくざの世界で実際に起こったこと、それを映画にしているわけである。だから、映画の筋書きはかなり雑然としているし(あまり演劇的にまとまっていない)、人間模様も複雑に絡み合いすぎていて、すっきりしないところがある。それ故、観客は、十分事情を飲み込めない状態で、次々と展開される殺人シーンを見せられるということになる。ろくな筋もないままに、ただただ殺人シーンばかりが繰り返されるので、この映画は殺し合いを描くことに特化した特異な暴力映画だと言う印象を持たせてしまうくらいだ。

映画に出てくるやくざたちは、お世辞にもかっこいいとはいえない。義理も人情も重んじず、自分の利益だけを考えるけちな男たちというふうに描かれている。とくに広能の親分格である山守(金子信雄)などは、任侠的なところはいささかもなく、自分の目先のことしか目に入らない矮小な男として描かれている。この山守を含めて、この映画に出てくるやくざたちは、あまりにも情けない連中である。やくざをこんな風に描いたら、当のやくざたちが怒るのは当然と思われるのだが、この映画は何故か、やくざたちから眼の敵にされずにすんだようだ。それについては色々な背景があったようだが、やくざの世界に門外漢である筆者にはとても与り知るところではない。

菅原文太演じる広能は、いとも簡単な動機から人を殺し、そのたびに刑務所に入れられる。だが入れられるたびにすぐ出てきてしまう。この当時は、刑務所は犯罪者でごった返していて、そんなに沢山収容する余地もなく、ケチな受刑者はすぐ解放されたというように描かれている。実際そのとおりだったのかどうか、筆者にはわからないが、殺人者をいとも簡単に娑婆に送り出しては、凶悪犯罪が跡を絶たないわけである。

この映画の中のやくざたちは、自分の頭でものを考えることがないようだが、仲間同士の殺し合いがあまりにも凄惨なので、時には悲鳴のような声を上げることもある。広能の兄弟分を演じた松方弘樹は、「わしら、どこで道まちがえたんかのお」と言うし、広能は広能で、「ねらわれるもんより、ねらうものの方がつよいんじゃ」といった具合である。

その松方演じる酒井の葬式の場で、広能が拳銃を乱射して山守たちに抗議の意思表示をする。しかし、広能は山守を殺すことまではしない。威嚇する山守に向かって、「たまはまだ残っとるがの」と言うだけである。





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