壺齋散人の 映画探検
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単騎、千里を走る:張芸謀・降旗康男



「単騎、千里を走る」は日中合作の映画である。中国側がイニシャティブをとり、日本が協力する形で作られた。中国側の監督は人気作家の張芸謀である。張芸謀は、出世作となった「紅いコーリャン」で、日本軍の残虐非道振りを描き、反日的な映画監督のように思われていたと思うのだが、それが親日的ともいえるこんな映画を作ったのは、彼の高倉健にたいする特別な思いが働いているようである。日頃高倉健の映画を愛していた彼は、是非とも高倉を主演にした映画を撮りたかった。そんなわけだから、高倉にふさわしい、格調の高い映画でなければならない。そういう思いが、張に国境を越えたヒューマンドラマを作らせたのだろうと思う。

この映画が公開された2005年は、春ごろから大規模な反日暴動が中国各地で起こった年である。日本に対する中国国民の感情は非常に悪かった。そういう中で日中友好を訴えるような作品がどの程度受け入れられるか、試験的な試みでもあったといえるわけだ。だが案に反してこの映画は、中国人に受け入れられた。それには、映画の発するメッセージはもとより、高倉健という俳優が持っている癒しの雰囲気が中国人の心を捉えたのだと思う。人間的な感情に国境はないということを、この映画の中の高倉健が、言葉ではなく、生き方を通じて語りかけたからだろう。

日中合作という体裁であるが、日本側と中国側はそれぞれ別々に作業を進めたようだ。俳優の高倉健の動きが、両国での作業を架け橋するというようなやり方であり、合作としては非常に珍しいといえるのではないか。日本側の監督は降旗康男が勤めているが、降旗は張のプランに一部協力するという位置づけであり、映画のイニシャティブはとっていないようである。

高倉健演じる初老の男が、一人息子との和解のきっかけを求めて中国の農村地帯に向かう。息子は民俗学の研究家で、中国に残る仮面劇を研究している。雲南地方に伝わるある仮面劇に特に興味を抱いた息子は、今年はそれを撮影しようと計画していたのだが、その矢先に病気が深刻化して、行けそうもなくなる。父親は、息子との深い断絶に悩んでおり、死の床へ見舞うことも拒絶される有様なのだが、せめて息子に代わってその仮面劇を撮影したら、あるいは和解のきっかけをつかめるかもしれない。そう思って単身雲南省の農村に出かけるのである。

映画の大部分は、この仮面劇をなんとか撮影しようとして奔走する父親の姿を追うことに当てられている。息子が約束していた仮面劇の演者が思いがけず監獄に入っており、普通ならとても演技を依頼することなど出来ないにかかわらず、なんとか手を尽くして役者と会うことにこぎつける。しかし肝心の役者がその気になれないといってうまく運ばない。役者がいじけているのは、別れ別れになっている息子のことが心配だからとわかった父親は、その息子を父親に合わせるために、わざわざ石頭村という荒涼たる土地まで出かけていく。しかし今度は息子のほうが父親と会いたくないとダダをこねる。高倉健はここで途方にくれるのであるが、その瞬間に日本から携帯電話が鳴らされ、自分の息子がついに息を引き取ったと知らされる。

いまや、仮面劇を撮影する意味はなくなったのだが、したがって高倉はすぐにでも日本へ戻るのが自然なわけだが、彼はそうしない。わざわざ刑務所に赴いて、父親に息子の写真を見せてやる。父親は感激して涙を流し、是非自分の演技を撮影して欲しいという。いまや撮影する必要を感じなくなった高倉は、申し出を断るのだが、一人の人間同士のふれあいとして自分の演技を見て欲しいといわれ、役者の演技を見るのである。

このあたりの演出は、中国人好みを反映しているのだろう。映画の中でもっとも強調されているのは、人間同士の間の義理を尊重することである。義理に反した行為は排斥されるが、義理にかなった行為なら、とことん尊重され、評価される。高倉演じる日本人は、中国人の目には義理を重んじる人として映ったのではないか。この映画のおかげで高倉は、中国人に最も愛される日本人の一人となった。

映画の舞台になった麗江は、雲南省北西部の町である。このあたりは少数民族の多く住むところで、画面からもそうした雰囲気が伝わってくる。話題として出てくる仮面劇は、こうした少数民族に伝わる伝統芸能なのだろう。また、石頭村のほうは、荒涼とした山岳地帯の寒村という感じで、これも雲南省の少数民族地帯にある集落なのだろう。





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