壺齋散人の 映画探検
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居酒屋兆治:降籏康男



降籏康男の1983年の映画「居酒屋兆治」は、高倉健の魅力を最大限に見せるよう作られた作品だ。時代遅れの居酒屋を舞台に、そこに集まってくるさまざまな人間たちがそれぞれ自分の人生の影を引きずりながら互いに支えあって生きているといった、或る種のヒューマンドラマを集約したような映画だ。同じような映画としては黒澤の「どん底」や「ドデスカデン」があるが、黒澤の作品がやや時代がかっているのに対して、降籏のこの作品はどこにでもあるような居酒屋と、どこにでもいるような人間が出てくる分、観客に親しみやすさを感じさせる。

この映画に出てくる人間たちはみなそれぞれ影を引きずっているのだが、最も大きな影を引きずっているのは、高倉健演じる主人公、居酒屋兆治こと藤野英治だ。藤野は船会社に勤めていたが、総務課長に命じられたことをきっかけに会社を辞め、いまでは函館の町の一角で小さな居酒屋をやっている。総務課長というのは、この映画の中では、同僚たちの首切り役として位置づけらており、藤野にはそんなことはできないのであった。彼には加藤登紀子演じる女房と二人の子どもがおり、家族に支えられながらなんとか順調に生きている。もっとも最近は土地の引き渡しをめぐって気苦労が絶えないでいるのではあるが。

そんな彼に函館の繁華街で店を出したらどうかという話を持ってくるものがいる。藤野の学校の先輩河原(伊丹十三)だ。河原は先輩風を吹かせて藤野に恩を売ろうとするのだが、藤野は恩を着せられるのが面倒なのと、斡旋された土地が昔の恩人(東野栄次郎)の店に近くにあって、客を奪うことになるのが心苦しい。そこで河原の申し出を断るのだが、それに対して川原は恨みを覚え、なにくれと藤野をいじめにかかる。

そんな藤野を一番応援してくれるのは学校の同級生だった岩下(田中邦衛)だ。岩下はことあるごとに藤野を励まし、また店を出す時の足しにと金を寄付してくれたりする。タクシーの運転手をしている秋本(小松政男)もなにくれとなく藤野を応援してくれるが、自分では赤貧の生活をしているあげくに妻を病気で死なせてしまう。死んだ妻のためにせめて立派な仏壇を買ってやりたいが金がない。そこで河原に借金をして買ってやったが、その恩義で河原のタクシー会社の運転手になる。そんな秋本とその妻を河原はさんざんに罵るのだが、それを聞いていた藤野は我慢できなくなり、河原を打ちのめしてしまう。

この映画でもっとも大きな影を引きずっているのは大原麗子演じる神谷さよだ。彼女は藤野とは幼馴染で藤野を深く愛していたのだったが、貧しさから金持ちの牧場主神谷(左とん平)と結婚してしまった。そして子どもまで生んでいる。それなのにいまだに藤野のことが忘れられずにいる。その挙句家が火事になったら昔の恋人に会えるのではないかと、まるで八百屋お七のような考えから自分の家を燃やしてしまう。その後彼女は夫や子供を捨てて家出をしてしまうのだが、それを警察が怪しむ。自分の家に放火したのではないかと。そしてその計画に藤野が絡んでいるのではないかと。

そんなわけで藤野は河原を殴ったとがで警察にしょっ引かれると、もっぱらさよのことを聞かれる。その頃さよは札幌のすすき野でキャバレーのホステスをしていたのだ。すっかり心のすさんださよは、毎日ウィスキーをがぶ飲みして体を壊し、ついに血を吐いて死んでしまう。そのシーンからしてこれはウィスキーの飲みすぎとストレスからする胃潰瘍だと観客には思わせるのだが、実際には食道静脈瘤破裂による死亡なのだということになる。飲みすぎて肝臓がいかれたというわけだ。

藤野はなぜそんなにも女から慕われるのか。幼馴染ということもあるが、大原麗子の高倉健に対する愛は尋常ではない。女からこんなに惚れられたら、自分だったらどんな気持ちになるだろうかと思わず感じさせられるくらいだ。近松門左衛門の時代ならともかく、今頃こんな殊勝な女がいるはずがない、と思うのは、筆者が年を取りすぎたせいなのか。

というわけでこの映画は高倉と大原の愛を中心にしていろいろな人々が人間模様を繰り広げる。その中には気のいい小料理屋の女将(ちあきなおみ)とか、三十歳も年下の教え子と結婚した校長(大滝秀治)なども出てくる。校長は妻を性的に満足させてやれないことを最大の遺憾事と思っている。

そんなわけだからこの映画には筋らしい筋はない。大原麗子が失意の余り死んでしまうところが唯一ドラマティックな見せどころになっているくらいだ。それでも高倉健が出ているおかげで、映画はぴりりとしまっている。




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