壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館美術批評東京を描く水彩画動物写真ブレイク詩集西洋哲学 プロフィール掲示板




たんぽぽ:伊丹十三



伊丹十三の映画「たんぽぽ」は心温まる人情コメディである。一人息子を抱えた未亡人がけなげに生きているのに同情した五人の男たちが、未亡人が一人前のラーメン屋として自立するのを助けるという内容だ。同情する男たちの動機はさまざまだが、同情される未亡人はどこか男をひきつける魅力があるのだろう。このひきつけあう男女の展開するストーリーがなんとも言えずユーモラスで、見るものをして心温まらしむというわけである。そのわりには、この映画は日本ではヒットしなかった。その分外国での評価は高かった。それは、この映画がラーメンづくりをテーマにしていたからだと思われる。日本人はなぜラーメンにこんなにもこだわるのか、その秘密の一端をこの映画が語っているからであろう。

そんなわけで、この映画の表向きのテーマは「うまいラーメンの作り方」である。だからこれはハウツーもののジャンルに属する。ハウツーものといえば、伊丹の映画処女作「お葬式」は葬式のあげ方について伝授したものであった。伊丹はよほどハウツーものが好きなのだろう。ハウツーものが映画になるなどと、誰も思わないだろうが、そこをあえて映画にした。その意味では伊丹は変り種の映画作者だと言える。

宮本信子演じる未亡人たんぽぽは、一人息子を抱えながら、ほそぼそとラーメン屋をやっている。そこへ、トラック運転手の山崎勉と渡辺謙がラーメンを食いに入ってくる。店の中にはやくざどもがいて、その棟梁の安岡力也がタンポポに結婚をせまっている。そのやり方がえげつないので、山崎勉が間に入り喧嘩となる。こんなことが縁になって、どういうわけか山崎勉はたんぽぽにラーメン作りのこつを教える羽目となってしまうのだ。

山崎には助っ人も加わる。ホームレスの長老でラーメン作りの権威だと言う老人加藤嘉、もちがのどにつかえて死に損なった老人大竹秀治が、助けてくれたお礼に派遣してくれた使用人の桜金造、そして山崎と仲直りした安岡力也だ。加藤はスープ作りのコツを教え、桜は麵のコツを教え、安岡は店の内装を請け負うと言う具合だ。こうして、五人の男たちの暖かい支えを受けながら、タンポポは次第にラーメン作りのコツを覚えていく。苦労の甲斐があってようやく新装開店した店は、長蛇の列ができるほどの繁盛ぶりとなる。そこでめでたしめでたし、というのが映画の筋である。筋がシンプルそのものなのは、この映画が筋を見せることではなく、ラーメン作りの秘訣を見せることに比重を置いているからだ。

この映画には、本筋とは全く関係のない場面がいくつも出てくる。たとえば、役所浩司が若い女と食い物を介して戯れる場面、スーパーマーケットに進入した老婆原泉が売り物の食品を次々と握りつぶしていく場面、大学教授をかたったすりが詐欺師を騙して北京ダックをご馳走になったあげくに詐欺師の財布をすりとる場面、死の床に横たわった母親がむっくと立ち上がって台所に赴き、家族のためにチャーハンを作ったあとで死ぬ場面、虫歯を抜いたばかりの男がソフトクリームを食っていると、それを物欲しそうに見ている少年の表情を映し出す場面、エトセトラといった具合だ。こうした場面は映画の本筋とは全くかかわりがないのだが、ひとつだけ、いずれも食い物がからんでいるという共通性がある。ラーメンへのこだわりが食い物一般へのこだわりへと拡大し、それが互いにかかわりのない場面の共存を許したと言うわけだろう。

互いに関係のないシーンを次々とつなぎ合わせ、それで映画を進行させるというやり方は、フェデリコ・フェリーニやミケランジェロ・アントニオーニが一時はやらせたものだ。伊丹もその影響を受けているのだと思われる。

コメディ映画らしく、軽快なリズムに乗って進んでいく。そのリズムを支えているのは、山崎勉と宮本信子のやり取りだ。山崎はタンポポに惚れてしまったようなのだが、それを態度で表せない。タンポポのほうも山崎がまんざらでもなさそうだが、やはりそれを素直に表現できない。この善良そのものというべき二人をはじめ、この映画には悪人は一切出てこない。サブプロットで役所浩司が銃で撃たれる場面があるが、銃を撃った人間は出てこない。だから役所の一人芝居のように見えるほどだ。また、最初のほうでは悪党役だった安岡力也は、すぐに山崎と和解してタンポポへの協力を申し出る。彼はタンポポとは幼馴染で、子どもの時から好きだったらしいのだ。だから彼がタンポポにしつこく言い寄ったのは、彼女に本気で惚れているためであったわけだ。

役所浩司は映画の始まりの部分で出てきて、ひとくさりわけのわからぬことを言った後で、映画のなかのところどころで出てきては、食い物にまつわるエピソードを紹介する。だが彼は食い物で遊ぶのが専らで、食い物をつくることはしない。食い物を作るシーンのほうはホームレスが演じている。加藤嘉のホームレス仲間のひとりが、タンポポの息子にねだられてオムライスを作るシーンがそれだ。ホームレスは子どもと一緒に中華料理屋に侵入すると、そこで食材を盗んでオムレツを作る。その作り方が、一流のシェフの腕を見せられているようで、なかなか参考になるというわけである。

こんなわけでこの映画は、最初から最後までとことん食い物にこだわった映画である。食い物の作り方、食い物の味わい方、そして食い方のマナーなど、教えられるところも多い。





HOME日本映画伊丹十三次へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2015
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである