壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館美術批評東京を描く水彩画動物写真ブレイク詩集西洋哲学 プロフィール掲示板




マルサの女:伊丹十三



伊丹十三の映画「マルサの女」は国税査察官の活躍を描いた作品である。国税査察官とは脱税を告発する役人のことだ。脱税は国民としてよくないことだから、それを告発するのは正義の行為ということになるが、正義とはそんなにたやすく守られるわけではない。というより、戦いとるものだ。戦いとることで正義は初めて実現する。それ故国税査察官とは、正義の戦士なのだ、というメッセージの片割れのようなものがこの映画からは伝わってくる。片割れと言うのはほかでもない、脱税の告発とは正義一点張りではすすまない。時にはダーティな部分も飲み込まねばならない。だからこの映画が発するメッセージは、半分は正義だが残りの半分は正義とはかかわりがない。そのかかわりのない部分は人間的な要素にあふれた部分と言うことになる。その部分こそがこの映画を面白くしているというわけだ。

のっけからへんな話をしたが、この映画がただの脱税告発映画に終わったなら、観客にあまり訴えることはなかっただろう。だがこの映画は大ヒットした。面白いからである。その面白さは、女査察官をはじめとした脱税告発担当者と彼等に追跡される脱税者たちの間の息のつまるようなやりとりにある。脱税者は犯罪者のような大胆さを以て役人に立ち向かい、役人のほうは犯罪者の裏をかく周到さを以て脱税者に立ち向かう。そのやり取りがスリルとサスペンスにあふれている。しかもやりとりの内容は、脱税という高度に知能的な犯罪に相応しく、知的な刺激に満ちている。そこがただの犯罪映画とは違うところだ。

マルサというのは、国税庁の本庁にある査察部の役人である。この人達はいわゆる脱税Gメンのエリートで、規模の大きい脱税案件を処理している。彼等の下には、各税務署の中に査察担当部署があって、そこの担当者が規模の小さな脱税案件を処理している。警察で言えば、マルサは本庁の刑事、その下に各警察署の刑事がいるというような構造になっているわけだ。

主人公の査察官亮子(宮本信子)は、港町税務署の査察担当者として、管内の小さな事業所を相手に脱税の調査に当たっていた。彼女がかかわるのは、雑貨屋の父ちゃん母ちゃんの商品私物化とかパチンコ屋の亭主の売り上げ隠しといったけちな脱税案件ばかりである。だがそのうちに、規模の大きな脱税案件に遭遇する。ラブホテルの経営者による所得隠しだ。その社長(山崎務)というのがくせもので、一筋縄ではいかない。しかもその周囲にはやくざや犯罪者の影もちらついていて、亮子は調査中にたびたび身の危険を感じるほどである。とくに、芦田伸助演じるやくざの親分は迫力満点で、港町税務署に押しかけてきて署長以下に啖呵を切る。そんなやくざを亮子は、智恵で追い払ったりする。

その智恵が買われたか、亮子は本庁の脱税Gメンつまりマルサに栄転する。ここで脱税告発の腕をみがいているうちに、大きな案件にかかわることになる。その案件と言うのは、港町税務署時代に手がけたラブホテルにかかわるものだった。この案件は、亮子がイメージしていたものとは、比較にならないほど規模の大きなものだった。マルサが組織をあげて戦いを挑むほどの巨大な脱税案件だったのだ。

周到な内偵を経て、いよいよがさ入れとなる。お互い知恵比べだ。この知恵比べを制したのはマルサのほうだ。亮子はそのなかでももっとも輝かしい戦功をたてたというわけだ。そんなわけで、脱税の巨魁も亮子の腕前に惚れたと見え、自分と一緒に暮らさないかと言い出す始末だ。仕事に生きがいを持っている亮子は無論そんなセンチメンタリストではない。次の脱税案件にむかって英気を養うのだ。

こういうわけで、ストーリーとしては単純そのもので、その単純さを喜劇タッチの人情のやりとりが味付けしている。伊丹はこうした人情ものが得意のようだ。前二作では、葬式とかうまいラーメンの作り方とかをめぐって、善良な人間たちがあたふたするところを描いたわけだが、この映画では一転して脱税という犯罪の世界を描いた。犯罪と言えばとかく大げさなタッチになりがちだが、伊丹はそれを軽妙なタッチで描きあげている。この軽妙さが、この映画をヒットさせた最大の要素だろう。

この映画にはまた、露骨な性描写もあふれている。山崎務は身体不如意な男として描かれており、しかもいつも金儲けについて思案している頭でっかちな男ということになっているのだが、それ故にこそか、性欲も旺盛なのだ。

芦田伸助が演じるやくざの親分は、人間らしいところがまったくなく、それこそダニのような存在として描かれている。伊丹は後にやくざとの間で深刻な対立関係になったのだが、その理由は、伊丹がやくざを馬鹿にしているというのが、やくざ側の言い分だったようだ。この映画におけるやくざの描き方は、彼等を挑発するに十分だったかもしれない。





HOME日本映画伊丹十三次へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2015
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである