壺齋散人の 映画探検
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また逢う日まで:今井正



「また逢う日まで」といえば、ガラス戸越しに接吻する男女のせつない姿が、戦後の日本人の心を揺さぶった、という伝説がある。何しろ終戦直後の日本人は、いわゆる民主的な空気が社会を覆うようになって、男女の愛についても従来ほど因習的ではなくなっていたとはいえ、若い男女がガラス戸越しに接吻する姿は、やはりショッキングに映ったものと見える。そんなこともあってこの映画は、色々な意味で、日本映画にとってエポックメーキングな作品だったといえる。

この映画のテーマは、戦争によって引き裂かれた男女の不幸な愛である。この映画が公開されたのは、終戦後五年もたっていない時点で、この男女と同じような不幸な愛を体験した人や、そのような辛い目にあった男女を目撃した人も多かったことだろうから、この映画が人々の深い共感を呼んだのは、無理もないことと言ってよかった。それにこの頃はまだ、人々の厭戦気分は収まっていなかった。そうした時代背景の中にこの映画を置いてみると、なぜかくも大きな共感を呼んだのか、わかるような気がする。

筋書は、マーヴィン・リロイの名作「哀愁」(1940年)に似たところがある。どちらも戦争によって引き裂かれた男女の愛を描いている。その男女が防空壕のなかで出会うというのも同じだ。「哀愁」では、互いにひきつけあった二人が、戦争によって引き裂かれ、男は戦場に、女は貧しさのあまり自分の体を売るハメに陥る。戦争が二人の運命を台無しにしたという設定である。そして、自分の行為を恥じた女が自殺し、女の気持を理解した男も自殺するという結末だが、「また逢う日まで」では、女は空襲で殺され、男は戦死するという設定になっている。彼らは、もし戦争が終わるまで生きていたら、結婚しようと約束していたのだが、そしてその「また逢う日」を心待ちにしていたのだが、その日を待たずして二人とも死んでしまうのだ。

この映画を見た当時の若者たちは、これはもしかしたら自分の身に起っても不思議ではなかったと感じ、また大人や老人たちも、自分の身の回りに同じように不幸な男女がいたことを思い出したかもしれなかった。とにかく他人事とは思えなかったはずだ。そこが、この映画がある種のブームを巻き起こした所以だろう。

映画の構成にも凝ったところがある。冒頭にクライマックスの場面をいきなりぶつけ、そのあとで、それまでのいきさつを回顧するという方法、つまり倒置法をとっているが、これは、恋愛映画としては、デヴィッド・リーンの名作「逢引き」を思わせる。「逢引き」(1945)では、冒頭で出てきた場面が、最後に繰り返し現れ、その両者を合わせて物語の意味が深く了解されることになっているが、この映画の場合には、冒頭の場面がもう一度繰り返されたあとで、若い二人がそれぞれ死んでゆくというメッセージが続く。二人がそれぞれ相手の運命を知らずに死んでいったというのが、この映画のミソである。これはある意味、中途半端さを感じさせるのだが、その中途半端さがかえって、物語に陰影をもたらしていると言えなくもない。

映画の大部分は、岡田栄次演じるぼんぼん学生と、久我美子演じる売れない画家のデートする場面から成り立っている。その過程で、学生仲間の生態や、戦争についての彼らの考え方、また世の中の様子などが映し出されるのだが、それを見ていても、どうもリアルさをあまり感じない。戦争についての学生たちの議論はうわすべりだし、岡田の兄の弟に対する姿勢もよくわからぬところがある。表向きは軍人らしくいばっているが、本音では軍人嫌いで女好きの弟の気持を理解してやるのである。

その岡田演じる学生も、ぼんぼんということもあって、世間知らずでうぶな坊ちゃんというふうに描かれている。かなり長い間デートを続けているにかかわらず、彼の愛はプラトニックなままである。女に自分の肖像画を描いてもらったりして、互いの気分がリラックスしたところで、はじめて女に「やらせてほしい」と持ちかけるのだが、「あとでね」と言われてあっさりと引き下がってしまう。戦前の男がいくらうぶでも、これはちょっとないよな、という気分にさせられる。そんな具合だから、二人はついに肉の交わりをすることなく、死に別れてしまうのである。

久我美子演じる女は、戦前の女としてはかなり自主性をもった存在として描かれている。二人の交際は、表向きは男がリードしているように見えるが、その実、決定的なところでは常に女が権力を行使する。男が別れ話を持ち出すと、それを巧妙にはぐらかし、かえって結婚の約束をさせたり、母親から男との交際を責められると、母親を説得して自分の味方につけたり、とにかく自分の運命を自分で切り開いてゆくという気迫に満ちている。こんな女性が戦前の日本にいたのかどうか。ともあれ、そんな女を演じた久我美子は、なかなかよい雰囲気をかもし出していた。





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