壺齋散人の 映画探検
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武士道残酷物語:今井正



今井正の1963年の映画「武士道残酷物語」は、ベルリン映画祭でグランプリを受賞した。この映画に描かれた人間が、日本人の本質を表現していると評価されたからだと思う。日本人というのはヨーロッパ人にとっては、なかなか理解しにくい人間たちだった。なにしろお国のためなら何の疑問もなしに死んでゆくわけだし、自己を殺して集団に同調する特異な生き物と見られていた。そんな日本人の特異性の秘密が、この映画によって多少解明された、そう多くのヨーロッパ人は感じて、この映画を高く評価したのではないか。

この映画が描いているのは、武士道の不条理性である。武士道という言葉で、徳川時代の武士たちの規範を主張したのは「葉隠れ」の山本常朝だが、常朝は当然武士道を、人間の生き方の理想として捉えた。ところが20世紀の日本人である今井は、それを人間としての異常な生き方として捉えなおした。常朝は、「武士道とは死ぬことと見つけたり」と叫んで、武士が命をかけて主君のために尽くすことの大儀を主張したわけだが、今井はその大儀の欺瞞性をつくことで、武士道のもつ非人間的な面を暴きだそうとした。だからこの映画は、「葉隠れ」のカリカチュアといってよい。しかも武士道の非人間性は、徳川時代の武士たちにとどまらず、20世紀の現代社会でも生きている。日本人は、徳川封建時代から現代の民主主義の時代まで、この武士道という非人間的な規範に呪縛され続けている、そう今井は主張しているわけだ。

この映画では、主君のために命を賭して尽くす武士の生き方が描かれる。主君のなかには暗愚な暴君もいるが、そうした暴君であっても、臣下たる者疑問をさしはさまずに忠君を尽くす、それが武士としての生き方の基本だ、そうした武士のエートスを今井は執拗に描いてゆく。この映画の中で描かれる人間像は、ある家系に属するいくつかの世代の人間たちなのだが、それらが例外なく、暗愚な主君のために身命を賭して忠勤に励むさまが繰り返し描かれる。その家系は慶長時代に遡り昭和の現代まで続くのだが、慶長次代の武士のエートスは昭和の時代まで引き継がれ、昭和の人間は武士ならぬサラリーマンとして、主君を企業に代えて忠勤に励むのである。その姿は一面では滑稽だが、当事者は滑稽どころではなく、大真面目なのである。それはよって立つ価値観がそうさせているからであって、価値観が異なれば、異常が正常となることもある、そういうある種の真実を今井は執拗に暴き出そうとしている。

この映画には一つの家系に属する七人の男たちが現れる。先祖というか、一代目の男は慶長時代に生きていて、とある大名に仕官し、その大名のために自分の命を擲つ。それによってこの男の子孫は、高い録を食むことができるようになる。先祖の自死という行為は、武士道の理想の表現であったのだが、それはまた打算を伴った行為だったというメッセージがここで早くも表れる。これ以後、子孫たちは先祖に倣って忠勤のために自分の命を捨てるのだが、それらの行為もまた半分は打算から来ていたというメッセージが繰り返し現れる。

二代目は寛永時代に生きている。この男はつまらぬことで主君の怒りを買って謹慎を命じられ、録も削られるのだが、主君の死に当たって、自分も殉死することで、なんとか家運を保とうと考える。この男の場合には、許可を得ない殉死は意味のない行為になる恐れが強いのだが、それでも何もしなければ家運が開けぬと思い、殉死するわけである。

三代目は元禄年間に生きている。この男は、主君から美貌を愛でられ、男色の相手を勤めさせられる。しかしこの男にとっては、主君といえども男に掘られるのは屈辱でしかない。そんな心中を主君から見破られ、主君によって罠にはめられる。主君の妾と二人きりになったところで、彼女を抱いてしまうのだ。その現場を押さえられた男は、男根を切られた上で、妾を妻として与えられる。ところが幸いにその妾は男の子を孕んでいたので、家系の断絶は免れるのである。

天明年間に生きた四代目は、この家系の中でもっとも悲惨な眼に会う。主君が暗愚な上にサディスティックな為に、理不尽で陰惨な目にあわされるのだ。百姓一揆の不始末を幕府に咎められることを恐れた主君の側近たちから、娘を時の宰相の妾としてさしだすよう求められた上に、自分の妻まで主君の妾にさせられそうになる。妻はそのために自殺してしまうのだ。その後、家に戻ってきた娘まで主君の慰み者にされる。その上に、主君の命によって自分の娘とその恋人とを殺すはめにも陥る。それでもこの男は主君に楯突くことをしない。楯突くばかりか、自分の腹をかききって自害するのだ。

この主君はどうやら、佐倉藩主堀田正信をモデルにしているようだ。正信も暴君として知られ、百姓一揆の首謀者である佐倉惣五郎たちを極刑に処している。惣五郎たちは張りつけにされたのだが、この映画の中の百姓たちは鋸で首を切られるという不運な目にあっている。

五代目は、この四代目の息子で、明治の初年に生きている。子供のときに父親から忠君に励むよう諭されたことで、明治になっても旧主君に卑屈になって仕えている。主君から自分の恋人を強姦されるような目にあわされても、恨むことをしない。帰って主君を慰めてやるように恋人に促すほどだ。そんな男を恋人は、あなたという人は、といって絶句する。

この五代目の孫の二人が最後に出てくる。兄のほうは特攻隊になって、進撃してゆく。この兄にとっては、先祖にとって主君であったものが国、あるいは天皇に代っている。それらのために命を捨てるのは、この兄にとっては、先祖たちと同様ごく当たり前のことなのだ。

弟のほうは、昭和の現代に生きている。彼にとって主君にあたるのは、会社組織だ。会社のためには、自分の命を賭して忠勤を励まねばならぬ。その忠勤は恋人への愛よりも大事だ。というわけでこの男は、会社の利益のために恋人を窮地に落としいれ、彼女を自殺に追いやってしまうのである。

幸い彼女は生き返った。その顔を見た男は、悪い夢から覚めた気分で、これかからは会社への忠勤よりも、恋人への愛を優先させようという、至極人間的な感情に捉われる、というところで映画は終わる。

こういうわけでこの映画は、徳川時代から昭和の現代に至るまで、多くの日本人を駆り立ててきた武士道的なエートスというものについて、徹底的に拘っている。その拘り方が、いかにも今井らしいので、武士道を評価する日本人の中には嫌悪感を覚えたものもあるだろう。

初代から現代まで七人の男たちを、中村錦之助が一人で演じている。先祖のいかにも古武士的な精悍な表情から、主君の慰み者とされるほどの美童ぶりまで、幅の広い演技を披露しているところは立派というほかはない。





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