壺齋散人の 映画探検
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同胞:山田洋次



山田洋次の映画「同胞」が公開されたのは1975年のことだが、その時点でもこれは日本社会をかなりアナクロニスティックな目で捉えているという印象が否めない。この映画は表向きには農村の啓蒙とか、農村青年たちの団結とかをテーマにしているのだが、高度成長が絶頂期にさしかかっていたこの時期は、日本の農業が大きな転換期、つまり解体に向かっての歩みを始める時期に当たっているので、こうしたテーマはすでに時代遅れになっていたことは否めないのである。しかし別の見方もありえないわけではない。

この映画は、農村啓蒙の旗を掲げる劇団がある農村で公演を成功させるまでの経緯を描いたものなのだが、その劇団のプロモーターが農村の青年団に後援の主催を働きかけることが主な内容となっている。倍賞千恵子演じるそのプロモーターの女性河野さんが、ある日突然岩手県の松尾村という農村に現れて、寺尾聡演じる青年会長を始め青年会の青年たちと濃厚な交流をする。その交流を通じて青年たちが次第に人間としての成長をしてゆく、そんな過程が描かれている。だから、見方によっては壮大な教養映画だといっても良い。

しかしそれ以上にこの映画は、独特な雰囲気を感じさせる。その雰囲気は、日本人にとっては非常に懐かしさを感じさせるものだ。ある日突然見知らぬものが異界から現れて、自分たちの共同体の秩序を揺るがし、自分たちをある高みに引き上げた後で、突然姿を消す。これは宮沢賢治が「風の又三郎」で展開して見せたテーマなのだが、それ以前に、日本人に古くから伝わる「まれびと」の神話的世界を思い起こさせる。そうしたくくりで言えばこの映画は、「女又三郎」をテーマにしたとも言え、更に遡って当代の「まれびと」を女の姿で表して見せたものだと言えなくもない。

実際山田洋次は河野さんと言う女性を神話的なイメージで描き出している。又三郎は風に乗って現れたが、河野さんは雪にうずもれながら現れる。そして又三郎が地元の子どもたちとの間で葛藤を広げたのと同じような意味合いで地元の青年たちとの間に葛藤を広げる。又三郎は子どもたちをある種の高みに引き上げた後、再び風に乗って姿を消すのだが、河野さんは青年たちに充実した成功体験をもたらした後で、彼らに見送られながら、風のように走る列車に乗って去ってゆく。つまりこの映画は様々なところで、風の又三郎の陰画となっているのである。

以上は映画の基本的な構成にかかわる部分だが、細かいところでもこの映画ならではの特徴を指摘できる。そのなかにはよいところもあれば、首をかしげたくなるところもある。よいところはなかなか指摘しづらいが、あえて言えば、河野さんと青年たちとの葛藤が無理なく自然に描かれているところだろう。その葛藤というか、触れ合いの中から、人間同士の絆が生まれてくる。そうした絆を映画で描くと、とかくおしつけがましくなるのだが、山田洋次はそのへんをさらりと描いている。

首を傾げたくなる中でもっともひどいのは、劇団の公演を描く部分だろう。河野さんや青年たちの努力が実って大勢の村人が観劇に訪れる。その人たちを前に劇団が農村をテーマにしたミュージカルを披露する。それが劇中劇として展開されるわけだが、これが見ていてかなりしらけるのである。というのも、この劇中劇は農村の因習的な人間関係を批判してみせたり、農業のあり方をどう考えるべきかといった、かなり観念的なことを議論しているからである。それだけでもしらけるのに、その劇を見ている観客の村人たちが感激の余り涙を流すにいたっては、しらけるというよりも、苦笑もはばかられるようなばかばかしさを感じたりもする。山田はどんなつもりでこんなシーンを取り入れたのか。理解しがたいところだ。

倍賞千恵子が芯の強い女性を演じている。彼女は理知的でかつ人の気持のよくわかる暖かい人柄の女性として描かれている。当時こんなタイプの女性は日本にはあまり見かけなかっただろうから、これは山田自身の理想像が反映されていると見てよいのだろう。





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