壺齋散人の 映画探検
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キネマの天地:山田洋次



1986年の松竹映画「キネマの天地」は、松竹が社をあげて一体となり、松竹のオールキャストを動員し、全国の松竹映画ファンのために作った映画と言ってよい。そのため監督の山田洋次は、毎年恒例の「寅さんシリーズ」を一回分中止し、この作品に勢力を集中した。渥美清と倍賞千恵子はじめ寅さんシリーズの常連がまるごと出演しているほか、当時松竹とかかわりのあったあらゆる映画人が参加した。その中には歌舞伎役者の松本幸四郎や松竹新喜劇の藤山寛美もあった。

松竹がこの映画に拘ったには、それなりの因縁があった。四年前に深作欣司を起用して「蒲田行進曲」を作ったときに、映画の題名は松竹の蒲田撮影所を思わせているにかかわらず、実際には東映の京都撮影所が舞台になっていた。そこで松竹の関係者たちは、今度こそは松竹の蒲田撮影所を舞台にして、正真正銘の蒲田行進曲を歌ってみたいと思うようになったという。その思いが比較的早く実現し、「蒲田行進曲」の四年後に、この映画を世に出すことになった。その年は蒲田の後継たる大船撮影所の開設50周年にあたっていたので、それを記念するという意味合いも持たされた。

深作の「蒲田行進曲」は映画人の生態を描いたもので、かならずしも松竹そのものには拘っていない。映画の中で流された「蒲田行進曲」のメロディも、蒲田撮影所へのこだわりは感じさせず、日本映画界の象徴のような扱いだった。

だが「キネマの天地」は、徹底的に松竹に拘った。舞台は戦前の蒲田撮影所であり、その当時そこを舞台に活躍していた映画人の群像を描いている。山田は、小津安二郎を深く敬愛していたこともあって、映画の筋書きとして、小津らしい監督の映画作りの現場をメイン・プロットに採用した。映画では、蒲田の映画人が「浮草」という映画の撮影に明け暮れる場面を映し出しているが、これは小津の映画「浮草物語」を連想させる。

これだけではない。この映画の主人公である女優の父親が喜八ということになっているが、喜八は小津の映画の代表的なキャラクターの一つであり、映画「浮草物語」の座長の名でもある。その名前を渥美清演じる旅役者上がりの父親につけることで、小津映画への山田なりの敬意を表しているのだと思う。

山田はこの映画のなかに、戦前の日本社会に対する自分なりの思いを盛り込んでいるように見える。それは一面では享楽主義的な華やかな部分についての強調となり、もう一方では特高警察に現れているような陰惨な部分の強調となる。

華やかな部分は、当時活動写真といわれた映画のほか、喫茶店やダンスホールなどの、いわゆるハイカラな文化に代表される。喫茶店では「パリの屋根の下」のメロディが流れ、壁にはクリムトの複製の絵がかかっている。キャバレーでは木の実ナナ演じるダンサーが大胆なジェスチャーで歌いかつ踊る。この時代はモガ、モゴと呼ばれるモダンな感覚の男女がもてはやされた時代なのだ。

一方社会の陰惨な影の部分は、共産主義分子に対する官憲の仮借ない弾圧に代表される。中井貴一演じる脚本家のもとに学生時代の先輩が転げ込んでくると、それを追っていた特高刑事たちが踏み込んできて、その先輩と一緒に中井のほうも連行される。連行された中井は警察署でひどい拷問に会い、顔がつぶれるほど暴力を振るわれる。そんな中井に牢名主が同情を寄せるのは、思想犯を尊敬しているからだ。この時代に、東京中の留置所や刑務所で、思想犯とやくざ者とのあいだに奇妙な友情が成立したことについては、かつて思想犯として拘禁されたことのある古在由重が回想しているところだ。

中井の下宿に踏み込んだ刑事たちが、中井の本棚にマルクスの本を見つけて罵る場面が出てくる。これは同じマルクスでもハリウッドの映画人マルクス兄弟のことなのだが、無教養な特高刑事にはそんなことはわからない。財津一郎演じる刑事は、マルクス兄弟の滑稽な写真を見ても、それが凶悪な犯罪者にしか見えない。

特高刑事と並んで憲兵たちも滑稽な姿に描かれている。憲兵といえども人間だ。人間並みに映画を見て、笑ったり泣いたりすることもある。ところが山田の描く憲兵たちは、制服姿で町を闊歩し、威張り散らす一方で、映画館のなかで泣いたり笑ったりする姿がいかにも滑稽に映るのである。

有森也美演じる女優の卵は玉乃井付近の陋巷に父親と一緒に住んでいる。そこから蒲田まで通っているのである。どんなふうにして移動しているのか、そのへんは映画からはわからないが、恐らく市電で浅草あたりに出た後、上野から京浜線に乗ったのだろう。





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