壺齋散人の 映画探検
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おとうと:市川崑



市川崑の1960年の映画「おとうと」は、幸田文の同名の小説を映画化したものだ。題名からして同胞愛をテーマにしたものだと推測できる。幸田文はこの原作小説を自分自身の実生活に取材し、その中で自分と弟との純粋な姉弟愛を描いたつもりらしいのだが、映画を見る限り、その姉弟愛は近親相姦を思わせるような、エロティックな色彩を帯びている。これはおそらく幸田本人の意図しなかったところで、市川が意識的にそうしたのか、あるいは幸田の小説にそのような要素があるのか、読者兼観客であるあなた自身が好きなように受け取って欲しい、そのように伝わってくる作品だ。

幸田文は露伴の娘である。露伴が再婚したこともあって、複雑な家庭だったらしい。露伴と後妻との夫婦仲が悪いうえに、後妻と文ら姉弟の関係もうまくいっていなかった。それが主な原因で弟は不良行為に走る、という具合で、半ば家庭崩壊の状態だったらしい。そんな複雑な家庭で、姉は弟の世話をすることに唯一の生きがいを見出している。しかしその世話を焼くさまが、傍目には姉の弟に対する近親相姦のように感じさせるわけである。

姉といっても、この映画の中の文はまだ女学生だ。弟は彼女より三つばかり年下ということになっているから、映画が始まった時点では中学生、映画の最後で死ぬときにもまだ17歳である。そんな十代の姉と弟が近親相姦のような関係で結ばれている、という設定は、ちょっと異次元的な色彩を感じさせる。

家族は実名で登場するわけではない。父親の作家は売れない三文作家ということになっているし、文はげんこという名前に変えられている。そのげんこ(岸恵子)と弟一郎(川口浩)の姉弟愛を中心に映画は展開してゆく。

前半は弟の不良ぶりにげんこが振り回されながら、それを楽しんでいる風情を描き、後半は結核で入院し、死に向かって歩みゆく弟を不安な気持で見守る姉の表情を描く。前半と後半とは物語上のつながりはほとんどなく、別々のシーンを取ってつけたような感じだ。前半では不良行為を働き世の中を馬鹿に仕切っていた弟が、後半ではいきなり心を入れ替え、聖人君子のようなことを言い出す。愛嬌にしては行きすぎというべきだろう。

治療の甲斐もむなしく、結局弟は死んでしまう。いまでこそ結核はそんなに恐ろしい病気ではなくなったが、幸田文の少女時代は無論、この映画が公開された1960年でもまだまだ恐ろしい病気だった。手当てが早ければ治癒の可能性は大きかったが、遅れると命取りになった。この弟の場合は、手当てが遅れすぎて、治療の施しようがなかったというふうに描かれている。

死んだ弟を前に、姉が自分も貧血で体調が悪いのを無理して、最後の世話をするためにエプロンを絞めなおす場面が印象的だ。そんな姉を前にしては、父親の作家も継母も全く影が薄い。この父親を森雅之が演じているが、無責任でその場しのぎの雰囲気がよく伝わってくる。これは幸田露伴の実像だったのか、あるいは父親に対する文のバイアスのかかった見方だったのか。そのへんはよくわからぬが、この映画の中の文の家族は、姉弟のほかは、なんとも影の薄い、情けない立場に置かれている。田中絹代がそんな情けない継母を演じているが、そこはさすが大女優と言われただけに、きめの細かい演技で継母なりの苦悩を演じつくしていた。

岸恵子はこの時28歳になっていたが、十代の若い娘をあまり破綻なく演じていた。顔をアップで映されると、さすがに年を感じさせるが、遠くから映っているぶんには女学生らしい雰囲気も出せていた。だから市川は、彼女を映すのに、クローズアップしなかったほうがよかったと思う。

市川崑の作品にしては、いまひとつまとまりに欠けた中途半端なものだと言えよう。




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