壺齋散人の 映画探検
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細雪:市川崑



谷崎潤一郎の小説「細雪」は何度もドラマ化されたようだが、市川崑の映画はもっとも出来がよいと評判である。たしかに映画としてはよく出来ている。京都の自然の美しさとか、女性たちの和服姿のあでやかさがよく表現されているし、開催弁での会話も醍醐味を感じさせる。映画のかもしだす雰囲気としては、最上級のものではないか。

だが原作とはかなり違ったところもある。最大の相違は、阪神間の大洪水の場面が省かれていることだ。小説ではこの場面は最大の読ませどころになっていて、四人姉妹の運命をもっともダイナミックに象徴しているのでもあるが、これが映画ではすっぽり抜けているために、全体が平板になってしまっている嫌いがある。ドラマティックなところが弱まり、その分四人姉妹の日常が強調される。もっともそれはそれで、見せ場が多いのではあるが。

小説では末娘の妙子が圧倒的な存在感を持ち、それゆえに例の洪水の場面もドラマティックな趣を呈するのであるが、映画では吉永小百合演じる三女の雪子を中心に物語が展開してゆく。雪子の縁談は小説でも基本プロットになってはいるのだが、映画ではその雪子に焦点が当っている分、全体としてオールドミスの配偶者探しの物語といった趣を呈している。

映画を面白くしているのは、岸恵子演じる長女の鶴子と、佐久間良子演じる次女の幸子のかけあいだ。小説の中では、この二人はそれぞれ日本の旧家の分別を象徴するような存在として描かれているが、小説の中では、それぞれ人間的な弱みを持ち備えた魅力あるキャラクターとして描かれている。

小説の中では、長女一家は途中で東京へ移転し、それに三女も付いてゆく。そして華族の一家と見合いをするために東京から関西へ出向くということになっているが、映画の中では、長女一家はラストシーンで東京へ赴くように変更されている。雪子の縁談はその前に行われ、晴れてめでたく成立ということにして、万事うまく収まったところで、長女一家が汽車で東京へ向かい、それを雪子が婚約者とともに見送るのだ。これは映画としての収まりぐあいを考えた変更だろう。

雪子の縁談を一家の誰もが喜んだが、次女の夫だけは複雑な思いでいる。それは雪子を秘かに愛していたからだ、というメッセージが映画からは伝わってくる。これは小説の中にはなかったことではないのか。




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