壺齋散人の 映画探検
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曽根崎心中:増村保造



「曽根崎心中」は、日本の演芸史にとって画期的な作品だけあって、我々今日の日本人の眼にも実に新鮮に映る。題材が男女の命をかけた恋であることが、時代を超えた普遍性のようなものを感じさせるからだろう。演劇という点では、様式的にも構成上も稚拙なところはあるが、それを補って余りある迫力がある。その迫力とは、恋に命をかける男女の情熱に由来するのであって、それは先程もいったように、時代を超えて見るものに訴えかける。

この「曽根崎心中」は、無論浄瑠璃として作られたが、それを映画にするとどうなるか。それを実験的に示したのが増村保造だ。増村は、1978年にこれを映画化した。この時期は、日本が高度成長を驀進して、社会のあり方が急激に変りつつあったときだ。人間関係にもさまざまなほころびが目立ち始めてきた。そういう時期にあって、徳川時代前半に、人形浄瑠璃のために書かれた作品を、映画に移し替えたわけだ。社会的な反響は結構大きかったようである。

原作はかなり様式的にできている。始まりの部分(導入部)は、お初の観音巡りの道行、終わりの部分(キリ)は、お初・徳兵衛による死出の旅の道行。この二つの道行に挟まれた部分で、本体の話が展開される。その話というのはごく単純なもので、友だちから金をだまし取られた徳兵衛が始末に困っているところを、徳兵衛に惚れた遊女のお初が一緒に死のうと持ちかける、というものだ。

これだけの話だから、このまま映画にしても迫力に欠ける。そこで増村は、基本的な筋書きはそっくりそのまま生かしながら、映画としての迫力を増すために、いくつかの脚色を加えている。徳兵衛を平野屋の婿に売った継母を徳兵衛が責めて、継母から金を取り戻す場面、徳兵衛をだました九平次を徳兵衛の叔父がてっぴどく打擲して、徳兵衛の蒙った恨みの幾分かを晴らしてやる場面などだ。牛玉神社で徳兵衛が九平次一味に叩きのめされる場面は、原作ではさらりと触れているだけだが、映画の中では、すさまじい暴力シーンが展開され、いかにも映画らしい演出を感じさせる。

浄瑠璃は、もともと語り物であるから、見せることよりも聞かせることを優先する。その聞かせどころは、この作品では、お初の恋心の吐露にかかるものだ。そうした恋心は、道行のなかでも、また本体の場面でも発せられる。それを映画においては、言葉と姿を絡ませながら、見るもの聞くものに訴えかける。その訴えかけが、この映画のなかでは、かなりうまく行っている。それは、お初を演じた女優梶芽衣子の演技力によるものだろう。彼女は、思いつめた大きな目で、いとしそうに徳兵衛を見て、ともに死のうと決意する。そして死に臨んでは、恋しい男と一緒に死ねることをうれしいと言う。そのしおらしさは、我々現代の日本人にもひしひしと伝わってくる。

曽根崎の森にさしかかるところで、烏が頭上を飛び回るのを見て、徳兵衛が言う。自分たちが死んだ後は、あの烏に食われるのかと。するとお初が言う。体はカラスに食われても、魂は極楽に行けるに決まっている。観音様がお見捨てになるはずがない、と。こうして二人は、夫婦松にそれぞれ自分の体を縛りつけ、まずお初を徳兵衛が脇差で突いて殺し、その徳兵衛は剃刀で自分の首を切って死ぬ。死んだ二人は、互いに向き合って手を携えあい、極楽へ旅立つ喜びにひたるのである。

そんなわけでこの映画は、感動的な作品たりえている。増村の作品の中では最も優れている。




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