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千と千尋の神隠し:宮崎駿



「千と千尋の神隠し」は、神隠しにあった少女の異界での冒険を描いたものだ。宮崎は前作の「もののけ姫」で、動物の怨霊がこの世界で跋扈するさまを描いたわけだが、ここではこの世界から異界へとワープした少女が、そこで本物のもののけたちと出会うさまを描いている。そのワープのきかっけとなるのが、日本古来の伝説を彩る神隠しというわけだ。

日本古来の伝説の世界に跋扈するもののけたちは、別名を妖怪と言い、起源とか妖力に違いはあるものの、人間たちにストレートに危害を加える恐ろしい存在にはなりきっていない。どちらかといえば、親しみを以て見られている。というのも、そういう妖怪たちは、人間の怨念が乗り移った怨霊あるいは悪霊とは異なり、自然起源のものが多いので、自足したおおらかさを持っているからだ。彼らは特に人間に祟るような動機をもたないのだ。彼らが人間に祟るときは、人間のほうから彼らに悪事を働いた時だ。その一つの例が、「もののけ姫」に出てくる森の動物たちの怨霊というわけである。

この映画に出てくるもののけたちも、人間を亡ぼす恐ろしい存在としては描かれていない。彼らは、人間とは無関係に、いわばもののけの共和国のようなものを形成していて、その共和国のなかで、自足した生活を送っている。そこには、湯婆々とか銭婆とかいった悪女も出てくるが、彼女らとて完全な悪女ではない。どこかに善人らしいところを持っている。彼女らは、日本古来のもののけというよりは、西洋の伝説に出てくる魔女を思わせる。魔女であるからそれなりに凶暴なところはあるが、どこか憎めないキャラクターとして描かれている。

主人公の少女千尋は、両親と一緒に引っ越しをする途中で、異界らしいところに迷い込み、そこで数奇な体験をすることになる。普通神隠しと言えば、子どもなり大人なりが一人で道を歩いているときに、突然消えてしまうという形をとるが、この映画では、親子三人が一緒に神隠しに会う。そして両親は豚の姿に変えられ、娘の千尋は不思議な少年と出会う。そしてその少年に導かれながら、両親とともにこの世に帰還するために冒険を重ねるというわけである。

千尋は、異界の銭湯に雇われる。その銭湯は湯婆々が経営しており、日本の温泉宿のような作りで、もののけたちを客としてもてなしている。そこで千尋は千という名前で働くのだが、働きながら、両親とともに脱出することを狙っている。いろいろと紆余曲折があったあげく、千尋は少年の導きによって異界を脱出し、この世に戻ってくることに成功する。その際千尋は、少年も一緒に来てほしいと願うのだが、それは不可能な願いだった。というのも少年は、少女と同じ人間ではなく、川の霊が姿をとったものだからだ。

そんなわけでこの映画は、人間の少女と自然起源のもののけとの、異種間恋愛というテーマをサブプロットとしている。この少年のほか、さまざまなもののけが出てくるが、それらの形は日本古来の妖怪のイメージというより、西洋の伝説に出てくるようなイメージに変容されている。和洋折衷のもののけ物語といってよい。




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