壺齋散人の 映画探検
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砂の器:野村芳太郎



「砂の器」は、松本清張の社会派推理小説の傑作である。推理小説としての結構といい、細密な心理描写といい、日本の推理小説史上最高傑作のひとつと言ってよい。それを野村芳太郎が映画化した。原説にかなり忠実な映画化といえるが、単に小説を映画化したというばかりでなく、映画としての醍醐味を最大限に味わせてくれる傑作である。

前半では、丹波哲郎演じるベテラン刑事の捜査のプロセスを中心に、後半では彼が暴き出した犯罪の実態解明を中心に展開してゆく。特に後半の部分で、丹波が行う実態解明が、殺人犯人の現在の状況と重ね合わされ、犯人が殺人を犯したことの背景が浮かび上がるとともに、最期には丹波による犯人逮捕が劇的な雰囲気のなかで行われる。実に演劇的に組み立てられた見どころの多い映画である。

テーマは癩病、いまでいうハンセン氏病である。この病気にかかった父親とともに故郷を捨てて放浪した少年が、大人になって音楽家として成功したところを、自分の暗い過去をあばかれることを恐れて人を殺した。その殺人事件を捜査した刑事が、事件の背後に深刻な事情があることを知って、複雑な感慨を込めて事件の実態を解明する、というのが映画の基本プロットである。

前半は、丹波哲郎の独断場で、犯罪の手がかりを求めて日本中を歩き回るところが描かれる。それを見ると、日本の警察の犯罪捜査のあり方がよくわかるような気がする。とにかく刑事たちが足で、手がかりを求め続けるというものだ。その地道な捜査の積み重ねのなかから、おのずと犯罪の手がかりが浮かび上がり、さらには全体の解明につながってゆく。その地味な犯罪捜査のプロセスが、如実に描かれているので、観客はこの映画を見ることで、自分があたかも刑事の立場になったかのような心持になれる。

後半では、捜査会議の席上、丹波が進める実体解明の報告に合わせて、犯人とその父親との過去、彼らの面倒を見た田舎町の駐在所の巡査、父親が息子と切り離されて癩療養所に隔離されるところ、成人して偽名を名乗っている息子が音楽家として成功し、いまや日本を代表する作曲家として新曲を披露しようとしていることなどが、次々と時間を追って紹介される。そしていよいよ新曲発表の当日、丹波警部補による犯罪の解明がなされ、犯人の逮捕によって幕が下りるというような筋書きが展開される。

筋書きそのものはありふれたもので意外性には乏しいが、映画の展開はかなりドラマティックだ。なかでも前半における丹波哲郎の捜査の仕方や、後半における不幸な父子の親子愛を描いたところは大いに見せられる。丹波もいいが、父親を演じた加藤嘉もなかなかよい。子役も非常にはまっている。加藤剛も、ニヒルでややシニカルか雰囲気がよく似合っている。その加藤演じる犯人の作曲家が、自分の作った曲を弾き、その曲に合わせるかのように、丹波による事件解明の報告がなされる。その報告が終わると同時に加藤の曲もフィナーレを迎え、それに合わせて逮捕が行われるという凝った筋書きになっている。映画の中で使われた曲は、芥川也寸志が作曲したものだ。ラフマニノフ風の、なかなか荘重さを感じさせる曲である。




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