壺齋散人の 映画探検
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戦場のピアニスト(The Pianist):ロマン・ポランスキ



「戦場のピアニスト(The Pianist)」は、ワルシャワ・ゲットーの生き残りであるユダヤ系ポーランド人ウワディスワフ・シュピルマンの手記を映画化したものである。この手記は1946年にポーランドで出版された際には、すぐさま絶版処分されたのだったが、1998年に息子のアンジェイによってドイツ語訳が出版されると大きな注目を浴びた。ポランスキはそれを2002年に映画化したわけである。

シュピルマンは、日本ではあまり知られていないが、ポーランドでは有名な音楽家であり、またワルシャワ・ゲットーとナチのホロコーストを生き延びたというので、ユダヤ人社会では尊敬を集めていた。この映画はそうしたシュピルメンの名声を更に高めたのだが、それについては、同じユダヤ人で、ワルシャワ・ゲットーの歌姫として知られていたヴィエラ・グランが異議を唱え、シュピルマンはナチのコラボレーターだったと告発した。この一件は大変な騒ぎを引き起こしたが、ヴィエラはユダヤ人社会から全く相手にされず、シュピルマンの名声に傷がつくことはなかった。

ポランスキもヴィエラの告発には耳を貸していないようで、この映画の中では彼女は登場しない。実際には、ワルシャワ・ゲットーのクラブで、シュピルマンのピアノの演奏にあわせてヴィエラが歌っていたということらしいが、映画ではそんな様子は一切触れられていない。

そのワルシャワ・ゲットーだが、ワルシャワの市街地の一角を区切り、その狭い区域に40万人ものユダヤ人を閉じ込めたということが、この映画から伝わってくる。ゲットーに閉じ込められたユダヤ人は、ドイツ人によって生産的な労働に駆り立てられるのだが、非生産的なものは排除され(殺され)、ついにはユダヤ人全体が絶滅収容所送りとなる。収容所送りとなったユダヤ人は、よほどのことがない限り、生きてそこから出てくることはなかった。映画のなかでは、ポーランド国内にいた50万人のユダヤ人のうち、生きているのは6万人だけだというアナウンスが流れる。

シュピルマンの両親や兄弟姉妹はみな絶滅収容所送りとなるが、シュピルマンだけは助かる。彼を助けたのはユダヤ人の対ナチ・コラボレーターだということになっている。シュピルマン自身はナチへの強力はしなかったが、対ナチ・コラボレーターは最大限に利用したというわけである。

両親らが送られた絶滅収容所はポーランド東部のトレブリンカということになっているが、ポーランドのユダヤ人のほとんどはここに送られたのだろうか。ドイツ国内のユダヤ人の多くはアウシュヴィッツに送られたというが、ポーランドやウクライナのユダヤ人はトレブリンカに送られたケースが多かったのだろうか。勉強不足の筆者には、そのへんの事情はわからない。

一人ワルシャワ・ゲットーに残されたシュピルマンは、ドイツ人の工場で強制労働に従事するが、レジスタンスの幹部をしていたユダヤ人に助けられて脱出し、ワルシャワ市内を点々とする。つねにナチスの影におびえながら、ただひたすら生きることにこだわりつづけ、いつかナチスの暴虐から解放される日を待ち続ける、そんなすさまじい毎日を映画は淡々と描く。そんなシュピルマンを一部のポーランド人たちが匿うのだが、彼らがどんな動機からそんなことをするのか、映画は強いメッセージを発しない。

それは、最後近くになって、シュピルマンがドイツ人将校に助けられる場面でも同じだ。ゲットーの廃墟の中で潜んでいたシュピルマンをその将校が見つけるのだが、何故かシュピルマンを逮捕・殺害しようとはせずに、そのまま見逃してやる。それが彼のヒューマニズムから出た行為なのか、それともシュピルマンのピアノに魅せられたからなのか、映画からは伝わってこない。ただ、この将校のおかげでシュピルマンは生き延びることが出来た。だが、シュピルマンはその将校に対して、恩返しをすることはなかった。その将校はドイツの敗戦後ロシアの収容所に送られ、そこで死ぬのである。

この将校の振舞いは例外中の例外で、映画の中のドイツ人たちは、血も涙もない人非人として描かれている。彼らはユダヤ人たちを、鶏をひねり殺すような感覚で、あっさりと殺す。要するに、ユダヤ人を人間とは見ていないわけだ。人間扱いしていないわけだから、平気で殺すことができるわけである。こういう場面を通じてポランスキは、戦争がいかに人間性をゆがめてしまうか、見る人に考えてもらいたいと思ったのだろうか。

ナチスの非人間的な行為については、スピルバーグの映画「シンドラーのリスト」も描いており、その暴虐振りは吐き気を催すほどのものだったが、この映画の中のナチスの暴虐ぶりもそれに劣らずすさまじい。戦後半世紀以上経っても、ナチスドイツとその後裔たるドイツ人たちはせめられつづけ、それに対して異議を申し立てることができないでいる。

映画では、シュピルマンがピアノを演奏するシーンが繰り返し出てくる。もっとも印象的なのは、ゲットーの廃墟の中で、ドイツ人将校に促されて演奏する場面だ。そこではシュピルマンはショパンのバラードを弾く。また、映画のエンディングとして弾く曲は、これもショパンのグランド・ポロネーズだ。ショパンは、ユダヤ人も含めて、ポーランドに生きる人々すべてに愛される音楽家なのだと、あらためて感じさせられるシーンだ。





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