壺齋散人の 映画探検
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カティンの森:アンジェイ・ワイダ



「カティンの森」は、アンジェイ・ワイダが2007年に作った映画だ。第二次大戦勃発後まもなく起った「カティンの森」事件を題材にしている。この事件は、長い間真相が不明瞭であったが、世紀の変わり目前後に全貌が明らかにされ、ポーランドは無論世界中の関心を集めた。この映画はそうした関心に応える形で作られたのだと思う。アンジェイ・ワイダはその時八十歳になっており、老後の情熱をこの映画に傾けたようだ。そのわりにややしまりのないところもあるが、ワイダの年齢を考えれば仕方のないことだろう。

「カティンの森」事件というのは、ソ連軍によるポーランド人虐殺事件である。1939年9月にナチスがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発するや、ソ連がポーランドに侵攻してその東半分を占領した。その際に二十万人ともいわれる軍人を捕虜としたが、そのうち将校である一万人以上の軍人を、スモレンスク郊外のカティンの森で虐殺した。その理由は明らかではないが、ポーランド軍の幹部層を壊滅させることで、対ソ連報復能力を粉砕し、またポーランド復興のための人材を根絶やしにする意図があったと考えられている。事件解明の最終的な幕引きの際に、ロシア側は捕虜殺害があったことは認めたが、その意図については明らかにしておらず、またこれはホロコーストつまり虐殺ではなかったという言い方をしている。

映画は、一人の将校に焦点をあて、彼が仲間とともにソ連の捕虜となり、苦難を舐めたあとで、最終的にスモレンスク郊外の森の中で射殺されるまでの過程を描いている。将校である夫の安否を気遣う妻と、将校の両親や姉妹など、また将校の友人やその関係者の動向が、同時並行的に描かれてゆく。その部分がかなり入り混じっていてわかりづらいのだが、それは事件の進行を継時的にリニアに描くのではなく、重層的に描こうとするワイダの姿勢にもとづくものだ。

映画は、ソ連軍の暴虐と並んでドイツ軍の暴虐についても描いている。ドイツ軍の暴虐は、クラカウ大学の教授である将校の父親が、強制収容所送りとなって死亡するところに象徴的に現れている。それに対してソ連軍のほうは、映画の最後の場面でポーランド人将校を次々に射殺してゆくところにその暴虐性が示されているが、ドイツもソ連もどっちもどっちで、ポーランドにとっては同じくらいひどい連中だったという具合に描かれている。そのため、本来カティンの森事件の非人道性を描くという目的が、やや曖昧になっているきらいはある。ドイツ側の暴虐はそれとして問題ではあるが、それをあまりに強調した結果、ソ連側の責任がやや軽く扱われている結果となっているわけだ。

映画は、ソ連側がこの事件をドイツの仕業にしようとするところを執拗に描いている。ソ連側のその姿勢は、戦争中は無論、大戦が終わってもかわらなかった。問題なのは、大戦後ポーランドに成立した政府がソ連に気兼ねするあまり、この事件をドイツの仕業にしようとしたことだ。だが多くのポーランド人は、この虐殺がソ連の仕業だと思っている。さまざまな状況証拠がそれを裏付けているのだ。ところが、ソ連もその傀儡であるポーランド政府も、屁理屈を弄してドイツの仕業だと言い張る。それに対して、家族を殺されたポーランド人は、ソ連に対しては無論、自国の政府に対しても強い不信を感じる。

映画の最後は、主人公の日記によって、事件の一端が明瞭にされてゆくことを示す。日記は、将校が1939年にソ連の捕虜になったあと、収容所に入れられ、その後列車でスモレンスクへと運ばれ、そこで仲間が殺されてゆく経緯を記録していた。無論自分自身が殺されるところまでは言及していないが、殺された日は推測できる。最後の日付のある日が、彼自身が殺された日なのだ。その日は、1940年の4月ということになっていた。つまりソ連軍は、ポーランド人捕虜を、半年後には虐殺していたわけだ。

その殺し方と言うのがいかにもすさまじい。一人一人の捕虜を、数人の人間で抱え、その頭に銃弾をぶち込むのだ。ソ連軍としては、そのやり方で、ナチスの仕業だと強弁したかったらしいが、当時のナチスはそんな悠長なやり方をしていたのか。むしろ、十把ひとからげにして抹殺したのではないか。一人一人の頭に銃弾をぶち込むというやり方は、筆者の知見では、ロシア人の好んだやり方ではなかったのか(ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤは、全身に何発も銃弾をぶち込まれたあげく、頭に仕上げの一発を食らっていたし、村上春樹の小説には、日本人の皮を剥いで楽しむロシア人の話が出てくる。どうもロシア人には、殺人を楽しむ傾向があるようだ)。

それにしてもこの映画の中のポーランド人は、軍人も含めてみな無力に見える。彼らは自分の国を自分の手で守れないばかりか、強者であるソ連に遠慮して、ソ連を批判する自国民を黙らせようとさえする。実に不甲斐ない民族として描かれている。軍人などは、自分たちで未来を切り開く展望が持てず、イギリスやフランスに解放者としての役割を期待している始末だ。これはポーランド人としてのワイダのシニシズムを反映したところなのだろう。

最後近くの場面で、戦争が終わってもポーランドに自由は訪れないと嘆く人と、それに対して「自由なポーランドはありえない」と答える人が出てくるが、このやり取りこそがポーランドの本質を物語っている、そうワイダは考えているかのようである。





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