壺齋散人の 映画探検
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縮図:新藤兼人の世界



新藤兼人の映画「縮図」は徳田秋声の同名の小説を映画化したものである。日本の自然主義文学の最高傑作との評価が高いこの小説を、筆者はまだ読んだことはないが、読んでいなくとも、映画の鑑賞の上ではあまり問題はないようだ。というのも、新藤はこの小説をそのまま映画化したわけではなく、そのサブプロットのひとつを生かしたにすぎず、しかも、かなり自在に自分の思いを盛り込んでいるようだからだ。

原作では、主人公の妻である銀子の半生がサブプロットとして語られるというのであるが、新藤は、主人公にかかわるメインの物語を一切省いて、このサブプロットたる銀子の半生に焦点を当てて映画にした。その半生とは芸者稼業にあけくれた毎日ということになっている。銀子は、まだ10代の半ばで日本橋芳町に芸者見習いに出されて以来、何度も芸者になったり、家に戻ったりを重ねてきた。映画はその過程を淡々と描きだしているのである。

彼女が芸者になったのは、家が貧しいからであった。彼女はだから家の犠牲になったわけである。家の犠牲になって売られていく哀れな女の半生を描いたのがこの映画である、というわけである。新藤には独特の正義感のようなものがあるらしく、そうした女の境遇が、当人の意思によるものではなく、境遇によって強制されたものであることに憤りを感じているようなのだ。映画の冒頭に出てくる「これは、人間が人間を売買するという冒涜が行なわれていた時代の、銀子という女の半生を描いたもの」だというメッセージには、新藤のそんな憤りが込められているようである。

映画は、東京湾の佃島で靴職人をしている貧しい家の娘が千葉の芸者置屋に売られていくところから始まる。父親(宇野重吉)の商売がはかどらず、20歳になったばかりの娘銀子(乙羽信子)は、家の犠牲になって売られていくわけである。殿山泰司演じる斡旋人に連れられて、銀子は船に乗って島を出る。この映画の時代設定は明確にはされていないが、公開された昭和28年の時点では、佃島にはまだ橋が架かっていなかったから(佃大橋が架ったのは昭和39年)、これは当時としては現実の眺めでもあったわけだ。

千葉の芸者勤めでは、合間に医者の卵との恋などもあったが、置屋の主人の慰み者にされ、また虐待を受けた挙句、父親によって連れ戻される。しかし家に戻ってもそこに安住することはできない。続いて越後高田の芸者置屋に身売りをする。そこでは、土地の有力者の息子と恋仲になり、未来への希望が生まれたように思えるのだが、それも一時の気迷い。このドラ息子の母親から離縁を迫られたあげく、頼みの男にも裏切られて、絶望した銀子は再び佃島の家に舞い戻ってくる。三度目の勤め先は日本橋の芸者置屋。おそらく芳町あたりだと思われる。映像からは、石畳の路地が見えたりして、神楽坂のような雰囲気も感じられないではないが、どうやら芳町である可能性が高いようだ。

置屋を変るたびに、名も、牡丹、寿々龍、花子と変わり、銀子は次第に逞しくなっていく。逞しくなければ生きてはいけないのだ。逞しさのあまりに、同僚の芸者と旦那を巡って奪い合いの喧嘩をするようにもなる。だが無理がたたって急性肺炎にかかり、死にそうになる。しかし、その床の中で銀子は叫ぶのだ。「私は死ねないんです、私が死ぬと家のものが困るんです、どうしても生きたいんです」

銀子の窮状に同情した女将(山田五十鈴)の計らいもあって、銀子は死ぬために家へ連れ戻される。家には、これも肺病で死にかかっている妹が寝ている。その妹の寝床のそばに、銀子は気力を振り絞って近づく。するとその妹も、銀子に生きて欲しいという。「ねえちゃんが死んだら、うちのもんが困るから」というのだ。

そんな妹の死を、銀子は「芸者にならずにすんだんだから」といって、せめてもの救いだと自分に言い聞かせる。そして、病気から回復すると、再び芸者稼業へと戻っていく。銀子にはそれ以外にやりようがないのである。

こんな訳でこの映画は、家の犠牲になった憐れな女の半生を、女の立場に寄り添うようにして描いている。家の犠牲になった女の話は、溝口健二や成瀬巳喜男も描いたが、溝口や成瀬の女たちが、どこかさばさばとして自分の運命を受け入れているようなところがあるのに対して、新藤の描いた銀子には、そのような諦観が見られない。彼女は、あくまでも家の犠牲になっていやいや芸者をしているのであって、芸者であることは苦痛以外の何ものでもない。だから彼女の毎日は生き地獄のようなものとして描かれている。そこが新藤と、溝口や成瀬との違いだ。

つまり銀子はいつまでも自分自身への拘りを捨てきれないのだ。自分自身への拘りを捨てれば、生きるのが少しは楽になるかもしれない。しかし、それでは自分が自分でなくなる。だから銀子は、男のおもちゃになることには耐えられても、妾になることだけは我慢ならなかった。そんな自分自身への拘りがあるだけに、生きることがいっそう惨めに見えてくるわけである。

「めかけになるのはいや」という言葉を乙羽信子の銀子が使っているところは、なかなか考えさせる場面だ。本物の乙羽信子のほうは、この映画に出ていた頃には、実質的に新藤兼人の妾のような存在に甘んじていたからだ。





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