壺齋散人の 映画探検
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新藤兼人監督の「一枚のはがき」を見る



新藤兼人監督が100歳になるのを前にして、自分の監督人生の総決算となる映画を作ったというので、大変な話題になっている。筆者もその噂を聞いて映画館に足を運んだ一人だ。果して筆者が入った新宿テアトル座は、年配の男女で満員だった。

「一枚のはがき」と題するこの作品は、戦争によって人生をめちゃめちゃにされた日本人たちを描いたものだ。新藤監督自身の戦争体験をもとに、監督自身が脚本の作成から演技指導まで一貫して行ったという。

戦争体験といっても、戦争の場面は出てこない。夫や息子を戦争に取られて銃後に残された家族たちの生活を描いている。映像として映し出される主な舞台は、山間にひとつ取り残されたように見える藁葺の小さな家だ。画面がその小さな家の前景をうつしだしながら、物語はゆっくりと展開していく。まるで全盛期の溝口健二監督の世界を見るようだ。新藤監督は、自分の最後の映画を師匠へのオマージュとしても考えたのだろうか。

その小さな一軒家で、主演の大竹しのぶさんが演じるある兵士の妻が、夫の両親とともに貧しい暮らしを続けている。そこに夫の戦死の知らせが届く。だが手渡された骨壺の容器には夫の骨は入っていなかった。

妻は夫の両親に乞われて夫の弟と再婚させられる。だがその弟も、結婚間もなく徴兵され、あわただしく死んでいく。弟の場合も、骨壺容器の中に骨は入っていなかった。

夫には戦友がいた。彼らは中年で徴発され、予科練の兵士たちを収容する兵営の清掃に従事しているときに知り合った。その任務が終わったとき、部隊の成員100人に次の任務が与えられた。そのうちの60人には船に乗って南方に行く任務が待っていたが、誰が行くかは籤で決められた。夫はそのくじに当たって南方に行くことになった。

その任務は戦死する可能性がきわめて高かった。そこで夫は、戦友の男に一枚のはがきを託した。そのはがきは妻からのもので、夫の不在を深く悲しむ文言がしたためられていた。夫は、軍の検閲が厳しくそのはがきにまともな返事を書くことができないので、これを読んだというしるしに、これを何とかして妻に届けたい、もしもお前が生きて日本に戻れたら、その願いをかなえてくれまいか、こう男に頼んだのだった。

男は運よく生き延びることができて、戦争が終わると故郷の島に復員した。だがそこで待っていたのは、悲しい事態だった。自分の妻が自分の父親と結ばれてしまい、自分が復員してくるのを避けて、二人でどこかへ夜逃げしていたのだった。

深く心が傷ついた男は、日本を捨ててブラジルに行くことを決意する。だがその時に、長らく忘れていたあのはがきが出てきた。男は戦友との約束を果たすために、戦友の妻が一人ですむ山の中のあばら家を訪ねるのだ。

こうして一組の男女の心のやりとりが始まる。妻はかつて夫に向けて自分が書いたはがきをみて、夫への激しい愛がよみがえるのを感じる。そしてわざわざ訪ねてきた戦友の男に向かって、何故自分の夫が戦死して、あなたが生き残ったのかと叫ぶ。なぜあなたが戦死して、夫が生き残らなかったのかと。男は、くじがそう決めたのだと、静かに答える。人間の運とはそんなものなのだと。

二人は、互いに自分たちの不幸な過去を語り合いながら、そうすることで心のカタルシスを得ようと必死になる。そうするうちに互いの心の中に、新しい愛が芽生える。この映画は悲しい出来事を描いたものなのだが、最後は男女が結ばれるところで終わる。つつましやかなハッピーエンドが必死に生きる人間たちに柔らかな光を届けてくれるように。それをみている観客も、救われるような気持ちになれる。

全編を通じて大竹忍さんの演技が圧倒的な迫力で迫ってきた。諦念と悲しみ、そんな表情を見せるときの大竹さんは、魔物がついたように説得力があった。絶望的な毎日の中で、人が生きていけるのは、愛が支えになっているから、その単純だがかけがいのない思いを改めて感じさせてくれる演技だった。

この映画は新藤監督自身の体験をもとに作ったのだと、監督自身が言っている。映画に出てきた男が新藤監督自身の姿だというわけではないようだが、監督自身多くの戦友が戦死した中で、自分だけが生き残ってしまったという自責のような念を常に感じながら生きてきたという。その自責の念を映画という形で表現することで、自分の100年の人生の総括としたい、そんな思いから作ったのだそうだ。

あの戦争が終わってもう半世紀以上が経つというのに、まだその傷跡がこうしてうずいているのだと、改めて感じさせられた次第だった。





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