壺齋散人の 映画探検
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逢いびき(Brief Encounter):デヴィッド・リーン



デヴィッド・リーン( David Lean )の映画「逢いびき(Brief Encounter)」は、世界の映画史上最高の恋愛映画という評価が高い。恋愛映画と言っても、若い男女の恋愛ではなく、どこにでもいるような中年の男女の愛を描いたものだ。しかも、この男女は激しく抱擁しあうわけでもなく、ましてセックスをするわけでもない。ささやかなデートを重ねながらお互いの愛を確かめてゆく。だが、お互いに一線を前にして、そこより前には踏み出さない。二人とも配偶者と子どもがあり、ささやかな家庭を持っているからだ。その家庭を破壊してまで互いの愛を貫こうとするまではいかない、愛を貫くか家庭を守るか、その選択を迫られた二人は、別れることを選ぶ。だがその選択は、死にたくなるほどつらい。そのつらさが、二人の愛の深さを物語っている。そんなふうに観客に感じさせる映画だ。

話の内容もそうだが、映画の作り方も実にうまい。映画は、駅の待合室で一組の男女がお茶を飲んでいるところから始まる。そこへ女性の知りあいの老女が現れて二人の間に割って入る。老女は男の方に茶を運んで来てくれと頼む。男は嫌な顔をせずに茶を運んでくる。やがて列車がホームに到着すると、男はそれに乗るために席を去る。去り際に女の肩に軽く手を触れながら。男が去った後しばらくして女は席を外す。戻ってきた後の女の顔は青ざめていた。老女のおしゃべりにうんざりさせられながら家に戻った女は、夫との語らいの合間にその日のできごとを振り返る。そして、その延長上に、男との出会いから別れに至るまでの束の間の愛の冒険を回想するのだ(原題の Brief Encounter は、束の間の出会いと言う意味である)。

この女性ローラ・ジェッソン( Celia Johnson )がアレック・ハーヴェイ( Trevor Howard )と知り合ったのは数週間前のことだった。出会いの場所はこの駅の待合室だ。機関車の煤塵が目に入って苦しんでいるローラの前にアレックが現れ、自分は医者だと名乗ったうえでその煤塵を取り除いてやる。これがきっかけになって、二人は近づきあうのだ。ローラの方は、ケッチワースという小さな村に住んでいる主婦で、週に一度木曜日に地方都市のミルフォードに買物を兼ねて息抜きに来ている。アレックの方はチャーレーという田舎町で開業医をしているが、週に一度木曜日にミルフォードの病院で仕事をしている。こんな訳で二人は、毎週木曜日にミルフォードでデートをするようになる。最初の頃は、気安い友達のような間柄だったが、次第に二人とも愛を感じるようになる。特にアレックの方は、妻子を捨ててでもローラと結ばれたいと思うようになる。だが、ローラのほうは、家庭を捨てるまでの決意はできない。決定的な場面で、ローラはアレックからセックスを迫られるが、ローラはそれを振り切って去る。このことが、二人の間柄を決定的に隔てる原因となる。ローラが自分との再婚を望まないのを知ったアレックが、別れを決意するのだ。

アレックは、新しい仕事に就くために妻子ともども南アフリカに行くことを決意する。物理的に隔たっていれば、別れのつらさもそれだけ薄まるだろうと思ってのことだ。突然別れることになってローラは辛かったが、仕方がないとあきらめるしかない。せめて最後のデートを心置きなく楽しんで、きっぱりと別れることにしよう。そう思いながら、ミルフォードの駅の待合室で二人が別れを惜しんでいるときに、あのおしゃべりの老女が現れるわけなのだ。ここで、映画は最初のシーンに舞い戻る。最初のシーンでは、二人の男女の間柄がどういうものか観客には知らされていなかったが、映画が一周してそこへ戻って来ると、この男女がどのような気持ちで向かい合っていたか、観客には痛いほどよくわかるのだ。しかもローラが老女の前から姿を消したのは、入線する汽車に向かって飛び込み自殺をするつもりだったということまでわかる、という仕掛けになっている。

このように、ラストシーンを最初に提示し、そこから過去を回想するというやり方は倒置法と呼ばれ、マルセル・カルネが「陽は昇る」で採用して成功して以来多くの映画で用いられたが、この映画はその最も成功したケースといえる。映画の最初のシーンとラストのシーンとは全く同じ内容だが、そこに含まれている意味合いが全く違って見える。これは、映画が単に映像だけから成り立っているわけではなく、文学的な面もあることのしるしだと言える。

映画の舞台となったミルフォードは実在しない街だ。リーンはこの映画の中で、ミルフォードの街並や二人がデートするスポットをいくつも持ちだすのだが、それらの舞台となった場所は、それぞれイギリスの各地でロケしたものという。ミルフォード駅はランカシャーのカーンフォース駅、ミルフォードの街並はバッキンガムシャーのビーコンズフィールド、二人がデートでボートに乗った公園はロンドンのリージェンツパーク、橋の場面はレーク・ディストリクト、二人が入った映画館はウエストミンスターにあるメトロポール座という映画館と言う具合に。なお、この映画館の中のシーンでは、アレックは座席で煙草を吸っている。今では考えられないことだ。

この映画が公開されたのは1945年のことだ。長い戦争がやっと終わったばかりだったわけだが、そんな時だったからこそ、この些細な愛の物語が強い共感を集めたのだろう。なにしろついこの前まで、人々は互いに殺し合ったり、憎しみあったりしていたわけで、互いに愛し合う暇などなかった。そんな彼らの前に、久しぶりに男女が愛し合う映画が現れたわけだから、これを見た人々は、人間とは本来互いに愛し合うものだという真理を改めて実感したのだと思う。

この映画をただの不倫映画だとけなす人もいるが、ただの不倫映画ではこれだけの共感を集めることはできなかっただろう。

この映画には冒頭から始まって最後まで、ラフマニノフのピアノ・コンチェルト第二番の甘い旋律が流れ続ける。この曲は、男女の愛に実にフィットした雰囲気を醸し出していた。男女の心の襞がそのまま音となって外に溢れたもの、というような感じを抱かせる。





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