壺齋散人の 映画探検
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英国王のスピーチ(The King's Speech)



イギリス映画「英国王のスピーチ(The King's Speech)」を見た。前イギリス国王でエリザベス2世の父君ジョージ6世の伝記的なエピソードを描いたものだ。

子供の頃よりひどい吃音に悩んでいたジョージ6世が、風変わりな言語療法士の助力を得て吃音を克服し、1939年の歴史的な対独宣戦布告の演説を成功させるというストーリーだった。

先週アカデミー賞の作品賞をはじめ4部門を受賞したばかりで、話題性があったのか、映画館の中には多くの観客が詰めかけていた。本場のイギリスでは、1月半ばの封切以来、連日大入り満員のフィーバーぶりを呈しているという。

ジョージ6世は歴代のイギリス国王の中で最もシャイで地味な人といわれるように、個人的なことについては、余り知られることがない。まして外国人にとっては、全く未知の存在に近いといってよいだろう。かくいう筆者も殆ど何も知らなかったというのが実情で、彼がどもりであったなどとはあずかり知らぬことでもあった。

しかし日本人なら大正天皇のことを、マイナスのイメージを含めて、知らないものがいないように、イギリス人なら誰もがジョージ6世のことを知っているという。第二次世界大戦という国家存亡のかかった歴史的な事態に際して、国民を鼓舞した王としてだ。

その際にジョージ6世が行った歴史的な演説の背後には、吃音を乗り越えるためのすさまじい努力が隠されていた、それがこの映画が発する熱いメッセージなのだ。

一国の王が国民に向かって直接に呼びかけることは、そう多いことではない。まして国家の一大事について、王が国民に説明し、国民の協力を呼びかけることは稀有のことだ。その稀有のことを、自分のハンデを乗り越えながらやり遂げ、国民から深い尊敬を勝ち得た、そのことが、困難な戦争を挙国一致で戦い抜き、最後には勝利の栄光を勝ち得ることにつながった、この映画を見たイギリス人の多くはそう感じたのだろう。

日本人のみんなが、ラヂオ放送を通じて、天皇からの直接の呼びかけの声を始めて聞いたのは、昭和20年8月15日の、あの暑苦しい夏の昼下がりのことだった。

その時の天皇は国民に対して、「しのびがたきをしのび、耐えがたきを耐え」たにかかわらず、戦争に負けた無念さを述べられていたものだった。それでも日本国民は天皇の声に、民族としての尊厳を共有できたものだ。

ましてこれから正義の戦争を始めようと訴えたジョージ6世の声は、イギリス国民の間に、それこそ限りない感動を呼び起こしたに違いないのだ。

この映画はまた、ジョージ6世を巡る歴史的な事情の理解について、熱い論争を引き起こした。最もホットな論題は、ジョージ5世の安楽死問題と、エドワード8世の"世紀の恋"に関するものだ。

ジョージ5世の安楽死問題に関しては、あまりにもデリケートなだけに、これまでも正面から論争されることは殆どなかった。この映画の中では、そのことについては全く示唆されておらず、ジョージ5世は天寿を全うして死んだということになっている。それに異議を唱えるものが現れたわけだ。

エドワード8世のシンプソン夫人との恋については、日本人の筆者でさえ知っている世界史上の一事件だ。この映画の中でも当然出てくる話だ。だが、あまりにもエドワード8世に対して辛辣である、それがある種の人々には気に入らないということらしい。

チャーチルの描き方についても、異議を唱える向きがあるらしい。チャーチルは今ではイギリス人にとって、第二次大戦を勝利に導いた英雄ということになっている。この映画もそうした立場に立って、チャーチルがジョージ6世とともにイギリスを対独戦に向かって導いたという描き方をしている。だがそこに史実に反する部分があるという意見もあるようだ。

こんなわけでこの映画は歴史上の人物についての物語という範疇を越えて、きわめてプロブレマテックな話題を提供したのだといえる





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