壺齋散人の 映画探検
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街の灯( City Lights ):チャーリー・チャップリン



「街の灯( City Lights )」は、チャーリー・チャップリンのコメディ・ロマンスの傑作である。チャップリンの映画には、放浪者の淡い恋をテーマにした一連の系列があるが、この映画はその代表として、チャップリン自身の代表作であるにとどまらず、映画史上でも傑作との評価が高い。「コメディ・ロマンス」という言葉は、チャップリンがこの映画のために考案したものだが、同じ系列のほかの作品にも当てはまる。また、この映画には「パントマイム劇」という表現も用いられているが、チャップリンの表情豊かな動作は、まさにパントマイムの伝統を引くものだといえる。

ストーリーは至って簡単。盲目の花売り娘に好意を抱いた放浪者のチャップリンが、娘の病気を治すために奮闘努力した挙句、手にした大金を娘に与え、娘はそのおかげで視力を取り戻す。その娘の前に現れたチャップリンは、なかなか名乗り出ることが出来ないでいるが、やがて娘のほうで彼を認知し、汚い風采の浮浪者に感謝するというものだ。娘に純情を捧げる浮浪者のいじらしいところと、誠実な娘の人柄とが相和して、見るものを暖かい感情で包む。チャップリンのもっとも得意とするパターンである。

映画は銅像の除幕式の場面から始まる。銅像の幕が上げられると、そこから銅像の膝の上に寝ている浮浪者が現れる。現れた浮浪者は、大勢の人々の前で、さっそくパントマイムを演じる。このパントマイムが一流だ。本人はなんとかその場から逃げようとするのだが、銅像群の中の剣を持った像が、その剣を放浪者の尻につきさして逃がしてくれない。これは無論放浪者の一人相撲なのだが、銅像があたかも生きていて、逃げ惑う放浪者を、逃がさじと追いかけているかのように見えるのである。

やっと銅像から逃れた放浪者は、街角で花売り娘を見かける。その娘は目が見えない。放浪者はなけなしのコインをはたいて娘から花を買う。これが彼と彼女のそもそもの出会いとなる。

その夜、放浪者は、川のほとりで一人の男が首を吊って自殺しようとしている現場に出会う。放浪者は何とかして男に自殺を思いとどまらせようとする。そこで男と組み合っているうちに、川に落ちたり、自分の首に男のロープが巻きついたり、散々の目に遭う。そのうち、自殺を思いとどまった男が、放浪者を抱きしめて、君は生涯の友だと叫ぶ。この男は大金持ちで、立派な家に住んでいる。そこへ放浪者を招き入れると、二人で乾杯をする。ところがこの男は二重人格者で、酔っているときには放浪者を認知するが、酔いがさめると放浪者のことを忘れて家から追い出してしまうのである。

こうして家から追い出された放浪者は、男のロールスロイスに乗って街をドライブしているうちに、あの花売り娘に出会って、今度は籠いっぱいの花を買ってやり、彼女を自宅のアパートまで送ってやる。こうして彼女と親しくなった放浪者は、相棒の男の家にやっかいになりながら、たびたび彼女に会いに行く。相棒の男とうまく行っているときには、小銭を持っているのだが、そうでないときには一文無しになる。そのうち、花売り娘と彼女の祖母が、住んでいるアパートから追いたてを受けているのを見た浮浪者は、なんとかして延滞している家賃と、できれば目の病気を治すための資金を稼ぎたいと思い込むようになる。だが、浮浪者の彼にできることと言えば、小銭を稼ぐことぐらいで、大金を得るなど到底出来ない相談だ。たまたま、ボクシングの試合でまとまった金が稼げるチャンスを見つけ、勇気を奮ってリングに上がる。しかし付け焼刃は所詮付け焼刃、チャップリンはついにノックアウトされてしまうのだ。

傷心したチャップリンは、再び相棒と出会い、意気投合する。そして相棒から、娘の病気を治すための資金も授かるのだが、どういうわけか相棒が突然シラフの状態に戻って、そのためにもらった金は盗んだのだと疑われてしまう。散々な思いをして相棒のところから逃げ出したチャップリンは、その金を娘に与えるのだが、自分自身は金を盗んだ容疑で逮捕されてしまう。

こうして一年近くが過ぎて、放浪者は釈放され再び町に出てくる。そしてそこで、視力を回復した娘を眼にする。彼女は、今はこじんまりとした花屋を経営しているようだ。彼女を前にしてチャップリンは名乗ることが出来ない。あまりにもみすぼらしい格好をしているからだ。だが、そんなみすぼらしい放浪者のチャップリンを、娘のほうから気づく。彼女は、大切な恩人のことを、たとえ放浪者であろうとも、忘れはしないのだ。

こんなわけでこの映画は、笑いとペーソスに包まれている。それ以上にこの映画の魅力は、チャップリンの繰り広げるパントマイムだ。冒頭のパントマイムに始まって、川のほとりで相棒の男とかわすやりとり、そしてパーティの席上での愉快な踊りや食事の場面など見所は多いが、中でも最も愉快なのは、ボクシングの場面だ。まともに戦っても勝てないので、チャップリンはジャッジの背後にまわり、ジャッジを間に立てながら、時折脇から手を延ばして相手を殴る。この戦術は効果を示すかに思われたが、所詮は素人ボクサー、相手の強烈なパンチを食らって伸びてしまうのだ。パンチを食らって呆然としながら空中を遊泳する場面などは、まさに表彰ものである。





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