壺齋散人の 映画探検
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怒りの葡萄( The Grapes of wrath ):ジョン・フォード



ジョン・フォードの映画「怒りの葡萄( The Grapes of wrath )」は、ジョン・スタインベックの同名の小説を映画化したものである。小説の刊行が1939年、映画の公開はその翌年の1940年、どちらも大変なセンセーションを巻き起こした。フォードはこの映画で、社会派のチャンピオンのような存在になったし、主演のトム・ジョードを演じたヘンリー・フォンダは、アメリカ映画史上最も存在感のある俳優の一人になった。

スタインベックが描いたのは、アメリカ資本主義の暗部である。1929年の大恐慌をきっかけに、アメリカ経済は深刻な危機に陥った。その危機がもっとも鋭い形をとったのは農村部だった。深刻な不況を背景にして、農村部では皮肉なことに農業の資本主義化がいっそう進められ、それに30年代に頻発したダストボウルと呼ばれる自然災害が重なり、大勢の小作農たちが土地を奪われて流民化した。それらの農民たちの多くは、カリフォルニアなどの新天地に起死回生のチャンスを求めたが、世の中はそんなに甘くはなかった。彼らは、貪欲な資本家たちによって、搾取されるほかなかったのだ、というような、アメリカ資本主義の構造的な矛盾を正面から取り上げて、いささか告発調に描いたと言うのが、スタインベックの小説の世界だったわけである。

この小説をもとに、フォードが映画を作り、放浪のミュージシャンと呼ばれたウディ・ガスリーはプロテスト・ソングを作った。ガスリーのほうは、ダストボウルを強調して、自然災害のために農民が流民化したと歌ったのだが、フォードは、農業に押し寄せる資本主義化の嵐のほうを強調している。資本主義化の進展によって、小作農は土地を奪われ、賃労働者に転化する。しかし、農業の機械化によって労働力は余剰になるから、余った労働力は流民化せざるを得ない。流民となった農民たちは、仕事をもとめて西へ向かうが、そんな彼らを待ちうけていたのは、悪徳資本家による過酷な搾取だったというわけである。

映画は原作のストーリーをほぼ忠実に再現している。刑務所から仮釈放されたトム・ジョードがオクラホマの実家に戻ってくると、実家の人々は土地や家を奪われてカリフォルニアへ新天地を求めて出発するところだった。こうして祖父母を筆頭に、一家十二人と説教師のケーシーがおんぼろトラックに乗ってカリフォルニアを目指す。その道中、いろいろな辛いことが起こる。もっとも辛かったのは、祖父母が相次いで死んだことだ。一家は、死んだ祖父母を手厚く葬ることができないで、道端に穴を掘って埋葬する。

乞食同然の姿でカリフォルニアへと向かっていく一家を見た行きずりの人々は、彼らを人間じゃないと毒づく。人間ならこんなみじめになれるわけがないと言うのだ。しかし、どんなに惨めになっても、人間なら生きていかねばならない。この映画は、人間と言うものは、どんな境遇にあっても生きることをあきらめない存在なのだ、というメッセージを至る所で発している。

たどり着いたカリフォルニアではいろいろなことが待っていた。当てにしていた職はなかなか見つからない。キャンプでは、自分たちと同じか、もっと惨めな境遇の人々が、それこそ人間の尊厳とはかけはなれた生活をしている。そんな人々を、農場主たちは安くこき使うことしか考えない。説教師のケーシーはそれを見て、人々を組織し、権利主張の運動をするようになる。それがもとでケーシーは殺されてしまう。その騒ぎにトム・ジョードも巻き込まれて、ケーシーを殺した男を殴り殺してしまう。こうしてトムは、仮釈放中の身でありながら、ふたたびお尋ね者になってしまうのだ。

トム・ジョードは家族とともに逃避しながら職を探したりするが、追手が身近に迫っていることを悟って、ついに観念する。これ以上家族とともに行動していくわけには行かない。といって、ただ逃げ回るわけではない、自分は自分なりに、納得できる生き方をしていきたい。そんな気持ちをトムは、母親に打ち明ける。お尋ね者でもなにか社会のためにできるのじゃないかと。トムがそう思うようになったのは、説教師のケーシーの影響だ。ケーシーは、自分の命と引き換えに弱い人々のために戦った。彼の死はだから無駄死にではない。自分のようなものでも、ケーシーのような生き方ができるのではないか、そんな風に思うようになったのである。

ここで別れたら、もう二度と会えないかもしれないと心配する母親に、トムは、自分は母さんのいるところにはどこにでもいる、と言って慰める。トムのその言葉は、ケーシーから聞いた言葉のようなのだが、それはおそらく、ジョン・ダンのあの敬虔な祈りの言葉である「誰がために鐘は鳴る」の一節のように聞こえる。

息子のトムから励まされた母親が、自分の夫を励ますところで映画は終わる。妻は夫に言う。民衆はどこでも、どんな境遇でも生きていける、強い存在なんだ。わたしたちもそのように生きていこう。だってわたしたちも民衆なんだから。この母親が発する「ウィー・アー・ザ・ピープル」という言葉が、この映画の中のもっとも印象的な言葉として観客の耳に残るのだが、この言葉は原作にはない。プロデューサーのザナックが自分の判断で入れたということらしい。





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