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アメリカ映画「ブラックスワン(Black Swan)」を見る



アメリカ映画「ブラックスワン(Black Swan)」を見た。バレーに題材をとったサイコ・スリラー映画だ。主人公のバレリーナが、急性?の統合失調症にかかり、自傷他害の行為を繰り返した挙句、最後には自分の命と引き換えに素晴らしい演技を披露して、喝采を浴びるという筋書きだ。

とにかくスリル満点だ。ヒッチコックの「サイコ」よりもっと怖いといってよい。筆者もその怖さに引きずりこまれ、観劇中に何度も体中がこわばったほどだ。もっとも、失禁するようなことはなかったが。

どんな世界にも競争はつきものだ、バレーの世界も同様だ。子供のころからバレー一筋に生きてきた女性たちが、究極の目標たるプリマバレリーナの座をかけて、しのぎを削る。この映画に出てくる主人公のバレリーナも、そんな競争を勝ち抜いてプリマに抜擢される、だがその栄えある地位をほかの人に奪われるのではないか、そんな恐怖感が彼女を被害妄想に駆り立てる。

その妄想は生易しいものではなかった。あまりにも強烈な感情の起伏が、彼女の精神状態を劇的に攪乱し、一時的に統合失調症の状態に突き落としてしまうのだ。

統合失調症とは、つい最近まで分裂病と呼ばれていた精神障害のことだ。現実と非現実、主体と客体との境界がなくなる病だ。心の中に思ったり感じたりすることが、そのまま現実の事態として、患者に迫ってくる。誰かが自分を憎んでいるのではないか、そう思うとその憎しみが現実の迫害として自分に加えられる。あるいは誰かを強烈に憎む感情を覚える、すると実際にその人を刃物で刺し殺す、そうした行動に及ぶ。統合失調症の究極の症状といわれる自傷他害のありようだ。

この映画は、主人公の心の中が、現実の事態と交差しながら、次第に彼女を精神的に破たんさせていく過程を追っている。彼女の感情はあまりにも度を逸しているが、本人はそれに気づいていない。彼女にとっては、周囲の世界は彼女の内面から独立した対象的で客観的な世界ではなく、自分の心の中がそのまま投映した、主観と客観とが未分化に一体化した、渾然たる世界である。

こんなわけで、この映画はスリラー映画であるが、荒唐無稽なスリラーではない。人間という生き物の陥りやすい精神の不調に実体的な根拠を置いたソフィスティケーテッドな作品だ。

主演女優のナタリー・ポートマンは、この映画での演技でアカデミー主演女優賞を獲得した。評価の基準としては、バレーの優れた演技も含まれていたのだが、これは彼女自身の演技なのか、それともダブル・ボディを使っているのかについて、ちょっとした論争が起きたそうだ。

だがこの映画を観賞するのに、そんな論争を気にする必要はない。バレー映画としても、サイコ・スリラー映画としても、十分鑑賞に耐える作品といってよい。





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