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KAFKA 迷宮の悪夢:スティーヴン・ソダーバーグ



スティーヴン・ソダーバーグの映画「KAFKA 迷宮の悪夢」は、20世紀を代表する作家フランツ・カフカを題材にした映画である。とはいっても、カフカの作品をもとにしたわけでもなく、またカフカの伝記的事実にもとづいたものでもない。この高名な作家の名前を借りて、一人の映画作家が自分勝手な映画の世界を作りあげたというに過ぎない。だからこの映画を、カフカに関連づけて解釈するわけには行かない。ただのミステリー映画として見るべきである。

しかし、ミステリー映画としては、比較的良く出来ているほうと言えよう。基本的なプロットは、消えた友人の行方を一人の男が捜し求めるというもので、その点では、「第三の男」などと同じ系列に属する。ミステリー映画のいわば定番のようなものだが、その男にカフカのイメージをかぶせることで、独特のシュールな雰囲気が漂ってくる。観客はだからミステリーの謎解きを楽しむと同時に、ファンタスティックな浮揚感をも楽しめるというわけである。

舞台となった街、恐らくプラハだと思うが、その街の雰囲気がなかなかよい。ただでさえなにやら不気味な雰囲気を漂わせている。そこにカフカを思わせる不思議な感じの男が、自分でもよくわからない曖昧な目標を追ってさ迷い歩く。その男は、人間が昆虫に変身する物語を執筆している最中ということになっており、恋人がいるのだが、もう二回も彼女との婚約を解消したということになっている。その辺は一部カフカの伝記的事実を取り入れているわけだが、それは物語の上ではほとんど意味を持たない。多少意味を持っているのは、カフカが損害保険会社に勤めているとされていることだ。消えた男というのはこの会社の同僚なのであるし、また彼が消えた(消された)理由にはこの会社の秘密が絡んでいるということになっている。しかしそうした部分は、カフカの伝記的事実とは関係のない、純粋な脚色だ。

カフカの作品を一部思い出させる仕掛けもされている。カフカが謎の解決を求めてもぐりこんでゆく場所は「城」ということになっているし、カフカが自分の下僚である二人の男に連行される場面は「審判」の最後のシーンを連想させる。また、カフカが城の中の不思議な空間をさ迷い歩く場面は、オーソン・ウェルズが映画「審判」の中で展開して見せたシュールな映像を思い起こさせる。

カフカの小説世界の中では、不思議な出来事が次々と起るが、それらには明確な原因とか、また理由というものがない。小説の中の主人公は、全く意味もわからないままに、突然不可解な事態に巻き込まれ、茫然自失するだけである。ところがこの映画の中では、不可解な事態の背後には、特定の理由があることが匂わされる。消えた友人はどうやら反体制グループと何らかのかかわりを持っているらしいこと、その反体制グループに対して権力の側が巨大な抑圧装置を張り巡らしていることなのだ。もっとも興味深いのは、権力が反権力を抑圧する手段として、彼らを肉体的に粉砕するばかりでなく、権力に忠実な存在に作りかえようとしていることである。カフカが迷い込んだ「城」の内部の空間は、その人間改造の現場だったのである。

というわけでこの映画は、ある種の「ディストピア」映画でもある。映画の中では権力のグロテスクさが強調される一方、反体制側もグロテスクな存在とされる。普通ディストピアといえば、権力の横暴に焦点があてられるものだが、この映画では、反権力も含めて人間存在全体が不条理を抱え込んだものとして描かれているわけだ。

この映画の中での権力は「城」という可視的な形態をとっているが、その権力を行使しているものが誰なのか、あまり明確ではない。一つ明らかなことは、警察がそれに加担していることだ。彼らは権力に殺された人間たちを、犯罪の被害者としてではなく自殺者として処理し、カフカにもそう思うように迫る。カフカは、友人を含め死んだ者たちが権力によって殺されたことがわかっており、警察もそのことを知っているに違いないことを確信しているのだが、結局警察のいうとおりに受け取ることとする。権力に逆らってもいいことはない、カフカがこう悟るところでこの映画は終わるのである。そういう点では、権力との間で独特な距離をとっている日本人には、思いあたるところの多い映画と言えるかもしれない。

なお、警察がカフカに向かってその名を尋ね、カフカだという答えが返ってきたときに不審な表情をする場面がある。本当にそんな名前なのかね、と言う顔つきだ。チェコ語でカフカはカラスを意味する。だから警察のこの不審な顔つきは、そんな名前(カフカ=カラス)は人間の名前には相応しくないと語っているわけなのである。そんなカフカが、権力の行使者たちに向かって吐く言葉が印象的だ。「私は悪夢を描いたが、あんたたちは悪夢を作っている」とカフカは言うのだ。カフカの小説世界の特徴をカフカ自身をして語らしめた、とソダーバーグは考えたのだろう。





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