壺齋散人の 映画探検
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卒業(The Graduate):マイク・ニコルズ



1967年公開の映画「卒業(The Graduate)」は、一応アメリカン・ニューシネマの初期の傑作ということになっている。アメリカン・ニューシネマと言えば、ベトナム戦争を契機に盛り上がった政治不信を背景にして、社会への覚めた見方とか異議申し立てといったもので特徴づけられるが、この映画にそうした要素を認めるのは、多少の困難を伴うだろう。この映画が描いているのは、道徳の頽廃ともいうべきものだ。道徳の頽廃を描きながらそれを批判するわけでもない。むしろそれを受け入れたうえで、その頽廃ぶりを楽しんでいるフシがある。こんな投槍とも言える姿勢が、逆説的に社会批判につながっていると言えなくもないが、それにしては、この映画には曖昧なところが多すぎる。

一人の若者が隣人の中年女に誘惑されてセックスを繰り返すようになる。その中年女には年頃の娘がいて、バークレーの大学に通っている。その娘が休暇で家に帰ってくる。若者はその娘が好きになって、結婚したくなる。つまりこの若者は、母親とその娘を二人ながらセックスの相手に選んだわけである。こういうのを日本語では「親子丼」といって、かならずしも珍しいことではないのだが、アメリカ人の偽善的な道徳を以てしては、許されない行為とされる。その許されない行為を、この映画は批判するわけでもなく、むしろ肯定的なタッチで描く。そこのところが、従来のアメリカ映画の殻を破る大胆さとも言えなくはないので、その大胆さがこの映画を、ニューシネマの範疇に入れさせたのかもしれない。

映画の前半は、若者と中年女のセックスを中心に展開する。若者は、大学を卒業して、進路を決めないままモラトリアムの状態にいる。そこへ中年女から性的な誘惑を受ける。この若者はまだ童貞で、女に対する免疫がなかったので、いとも簡単に女の誘惑に落ちる。この女は、両親の親友で、若者にとっては、叔母のような存在なのだ。一方女のほうは、亭主とのセックスが無くなって、欲求不満の塊になっている。若い男を抱くのは、生きる喜びを取り戻す上で、最高のことなのだ。

映画の後半は、休暇で戻ってきた娘に若者が夢中になり、結婚を迫って娘を追い掛け回す場面が続く。若者は娘に向かって何度も結婚したいと言うが、それは君とセックスしたいという意味なのだ。若者と娘の関係は、母親の女にとってはそれこそスキャンダラスなものだ。アメリカ人の偽善的な道徳では、親子丼の関係は禽獣にも劣る境遇ということになる。そこで若者に向かって、娘にだけは手を出すなと繰り返すが、若者にはそんな言葉は耳に入らない。そのうち、母親との関係を娘にばらして、娘を絶望に陥らせたりするが、それでも娘への求愛行動をやめようとしない。娘を追い掛け回す若者の行為は異様であり、所謂ストーカーそのものだ。この映画が公開された頃は、ストーカーという言葉はまだ流通していなかった。それが流通するようになったことには、この映画も一役かったのではないか。

こんなわけで、人間の常識的なあり方を逸脱した異様なことが映画の中で展開されてゆくのだが、観客にとってもっとも異様に映るのは、娘がついに若者の情熱に負けて、若者の懐に飛び込んでいくことだ。この映画の有名なラストシーンは、娘の結婚式の会場に忍び込んだ若者が、娘に向かって求愛の絶叫を投げかけ、それに娘が応えて二人で遁走する場面だ。その場面を見ていると、なんともいえず不思議な気持ちになる。自分の母親とセックスを繰り返していた男とセックスしたいと思うような女性が、果してまともな人間と言えるだろうか。この映画を見た人の多くは、そう考えるのではないか。

この映画には、サイモンとガーファンクルの有名なナンバーがいくつか流れる。サウンド・オヴ・サイランス、ミセス・ロビンソン、スカボロ・フェアだ。これらの歌は、ビートルズの歌と並んで1960年代の世界にこだまし続けた歌だ。この歌を聞いているだけでも観客は満足するだろう。この映画が成功した理由の過半は、この音楽にあったといってもよい。

1960年代後半から70年代にかけて、アメリカ人の性道徳は劇的な変化をくぐるようになる。フリーセックスが当たり前になり、この映画が描いたような「親子丼」の関係も唾棄すべきものではなくなってゆく。そうしたリアルな次元での性道徳の変化に、この映画が一定の影響を及ぼしたのは、否定できないと思う。

若者を演じたダスティン・ホフマンはこれが出世作になった。167cmと、アメリカ人にしては非常に小柄だが、小柄なりに相応しい役どころを演じた。中年女を演じたアン・バンクロフトは、いかにもくたびれた体つきを見せているが、年季の入った色気を感じさせる。





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