壺齋散人の 映画探検
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イージー・ライダー(Easy Rider):デニス・ホッパー



「イージー・ライダー(Easy Rider)」は、アメリカン・ニューシネマの傑作の一つに数えられる。ロードムーヴィーと言う点では「スケアクロウ」と似ているが、「スケアクロウ」には一応目的地らしきものがあるのに対してこちらにはそれらしきものはない。マルディ・グラを見るためにニューオリンズを目指すが、それは一時の気晴らしのためであって、最終的な目的地ではない。また、スケアクロウは徒歩の二人組が主人公なのに対して、こちらはモーターバイクに乗った二人組を描いている。そのバイクが格好いいというので、この映画はバイク好きの連中から熱烈な支持を受けた。

バイクに乗って放浪する二人組と言えば、当時はヒッピーの象徴と受け取られたものだ。この二人にはヒッピーという自覚はないのだが、行動はヒッピーそのものだ。それはロサンゼルスでは珍しくもないものとして大目に見てもらえるが、南部ではそうはいかない。頑迷な南部人たちにとっては、ヒッピーは人間の屑なのだ。長髪であることがヒッピーの目印になっていて、それを見ると南部の連中は叩きのめしたくなる。実際この主人公たちは、偶然立ち寄った南部の村の保安官たちによって叩きのめされ、同行していた弁護士を殺されてしまうし、やっとたどりついたニューオリンズ付近で、地元の連中によってひどい目にあわされるのである。

この二人組は、マリファナの密売で一儲けし、その金で気楽な暮らしをしようとバイクに乗って旅に出る。そのうちの一人をこの映画を監督したデニス・ホッパーが演じている。もう一人の役を演じているのはヘンリー・フォンダの息子ピーター・フォンダだ。父親にはあまり似ていないが、クールな雰囲気を漂わせている。

この二人組がロッキーの山のなかで一人のヒッチハイカーに出会い、彼をバイクの後ろに乗せてやる。彼に案内されたのは山の中のヒッピーの共同体だった。そこでヒッピーたちとつかの間の交流を楽しんだ後、二人は当てもない旅を続ける。その途上ある街で保安官たちにつかまり、豚箱にぶち込まれてしまう。二人はたまたま出会ったパレードにバイクごと参加したのだが、それが無許可デモに該当するとして捕まってしまうのだ。そのへんは、アメリカの地方における法の執行の特殊さを感じさせられるところだ。

豚箱のなかで出会った弁護士と意気投合し、今度は彼をバイクに乗せてニューオリンズに向かう。そこでマルディ・グラを楽しもうというのだ。彼らはしかし行く先々で、地元の連中からうさんくさい目で見られる。挙げ句の果ては、ある街の保安官たちに憎まれ、彼らによって夜襲を受け、さんざんに叩きのめされた末に弁護士を殺されてしまうのだ。こういうシーンを見せられると、アメリカの南部にはいまだにリンチの伝統が残っているのだと気づかされる。アメリカの南部では、土地の価値観と違ったことをするというのは命がけなのだ。

二人はやっとニューオリンズにたどりつく。そこで彼らは娼婦を買い、彼女たちと一緒にLSDを飲んで幻覚を楽しんだりする。そこに動機のようなものはない。とにかく一瞬一瞬が楽しければよいのだ。だがそんな生き方は長く続かない。彼らの風采を怪しんだ連中によって殺されてしまうからだ。

この映画のラストシーンは強烈である。気持ちよくバイクを運転している彼らを見かけた地元の二人組が彼らを懲らしめてやろうとして、軽トラックの中からライフルで撃ってくる。ホッパーがその銃弾をまともに受け、バイクごと転倒して瀕死の重傷を被る。続いてフォンダのほうも、乗っていたバイクに正面から軽トラックをぶつけられて、バイクごと吹っ飛ばされてしまうのだ。無論即死だろう。こんな荒々しいことも南部では珍しくはない。南部では変わった風采の連中は生きている価値を持たず、したがって殺されても文句を言えないという考え方が強く支配している。そんなことを案じさせるシーンになっている。とにかくすさまじい限りだ。

なおこの映画では、ロック・ミュージックが数多く流れて、音楽映画としても楽しめるようになっている。ジミ・ヘンドリクスといった当時の人気歌手の声も流れてくるので、ヒッピーでありかつロックファンでもある人にとっては二重に楽しめる映画だ。




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