壺齋散人の 映画探検
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キートンのセブンチャンス(Seven Chances)



キートンの映画の重要な要素の一つとして、追われるキートンというものがある。「荒武者キートン」では、宿敵に追われたキートンが原野や急流を逃げ回るのであるし、「キートンの探偵学」入門では、探偵となったキートンが泥棒一味に追われて無人オートバイで逃げ回るといった具合である。こうした追跡劇は、アメリカのスラップ・スティック。コメディには、多かれ少なかれ見られる要素なのだが、キートンの場合には、それが映画の決定的な要素となっている。それ故キートンの映画を、追いつ追われつの追跡劇と特徴づけることができる。

「キートンのセブンチャンス(Seven Chances)」も、そうした追われるキートンを前面に出した作品だ。この映画は、ある日の七時までに結婚することを条件として莫大な遺産を提示されたキートンが、嫁取りするという話なのだが、前半ではキートンが嫁を求めて女たちを追い回し、後半では膨大な数の花嫁候補にキートンが追いまわされるのである。その花嫁候補の数が半端ではない。おそらく数百人はいるだろう。その花嫁候補たちにキートンが追いまわされ、命からがら逃げ回るところが、この映画の醍醐味なのだ。

キートンには、日頃から愛する女性がいて、その人に愛を打ち明けたいのだが、なかなか出来ないでいる。そこへ遺産相続の話が舞いこんできて、キートンは思い切って女性にプロポーズする。女性もキートンに心を寄せていたので、二人はめでたく結ばれると思いきや、そううまくは行かない。キートンが遺産相続の条件を女性に打ち明けたところ、女性は、金目当てで私と結婚するのか、と言って怒ってしまうのである。

そこで切羽詰ったキートンは、とりあえず他の女と結婚する決意をする。なにしろ時間が迫っているので、急がなくてはならない。そこでカモになりそうな七人の女性をピックアップし、彼女らに一人一人アタックして行く。セブンチャンスという題名は、その七人の女性へのキートンのプロポーズをさしているのである。この七人の女性のいずれかと結ばれれば、めでたく遺産を手に入れることができるわけだ。

ところがキートンは、その七人にことごとくふられてしまう。そこで新聞広告で花嫁を募集する。大金持ちの私と結婚する気のある人は、男女を問わず申し出て欲しい、と。すると数百人に上る膨大な数の女たちや男たちが、キートンのいる教会へ押しかけてくる。そこで結婚式を挙げようというのだ。

これに驚いたキートンは、教会を命からがら逃げ出して、花嫁候補たちの追求から逃げ回るのである。映画の後半は、終われて逃げ回るキートンの逃げっぷりを専ら描いたもので、そこにはスラップ・スティック・コメディのあらゆる要素が動員されて、見事な見世物になっている。この手の映画の古典的な見本と言ってよい。

見せ場の中でも出色なのは、逃げ回るキートンが何かの弾みでクレーンに吊られてしまい、それを花嫁候補が運転してキートンを荷物のようにふりまわすところ、警察官の行進に紛れ込んで偽装したはいいが、花嫁候補の群集に驚いた警察官たちがクモの子を散らすようにいなくなってしまい、その姿を露出させてしまうところ、山の中に逃げ込んだキートンが、嵐のような落石に見舞われて右往左往するところなのだ。

こんなわけでこの映画は、他愛のない筋書きはあるものの、見所はもっぱらキートンの身体演技にある。例の無表情な顔で、大きな身振りで逃げ回るキートンは、実に屈託が無い。しかも最期には、愛していた女性と結ばれるのだ。





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