壺齋散人の 映画探検
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キートン将軍(The General)



「キートン将軍(The General)」は、キートン映画の集大成ともいうべきものだ。この映画はキートンの最大の要素である「追われるキートン」とともに、「追うキートン」の要素も含んでいる。キートンという一人の人物が、追われたり追ったり、追いつ追われつの活躍ぶりを見せるわけである。それも、従来のキートン作品では、かよわいキートンが自分の体ひとつで逃げ回ったのであるが、この映画の中のキートンは、巨大な列車を自分の体の延長あるいは一部として、その列車ごと追いかけたり追いかけられたりするのである。原題の「The General(将軍)」とは、その列車の愛称なのだ。

将軍といえば軍隊ということになるが、この映画にも軍隊は出てくる。というよりこの映画はアメリカ南北戦争の一齣を描いているのである。キートンは南部の鉄道の機関士で、南軍の兵士に志願するのだが、戦争しているよりは列車を動かしているほうが南部のためになるというので、受け付けてもらえない。南軍の制服を着なければ会ってやらないと恋人から言われたキートンはなんとか兵士になろうとするが許されない。そうこうするうち、自分の愛車が北部の兵士たちによって乗っ取られてしまう。自分の命の次に大事なその列車をキートンは必死になって取り戻そうとする。しかもその愛車には恋人も拉致されて、監禁されているのだ。

こんなわけで映画の前半は、キートンが別の機関車に乗って愛車「将軍号」を追いかける場面からなる。将軍号は、南北縦断鉄道の線路を北に向かって逃げてゆく。大勢の南軍兵士が追っていると勘違いした北部の兵士たちは必死になって逃げる。それをキートンが一人で列車を運転して追いかける。なにしろ木炭エンジンであるから、次々と薪をくべないと止ってしまう。それは将軍号も同じで、追うものも追われるものも、薪を燃やしながら進んでゆくのである。

追うものがキートン一人とわかった北軍の兵士は、俄然キートンに襲い掛かる。いままで追う立場であったキートンが、今度は逃げ回る役割に転じる。なんとか切り抜けて窮地を脱出したキートンは、北部の町で敵方に囲まれている自分を見出す。また、恋人の娘も囚われの身になっているのを見て、彼女を連れて脱出し、何とか南部に帰ろうとする。そこへ駅で停車中の将軍号を発見し、それに乗って逃走するのだ。

映画の後半は、恋人とともに将軍号に乗ったキートンが、北部の兵士たちの乗った列車に追跡されるシーンからなる。キートンは相手の追跡をかわそうとして、電柱をレールの上に倒したり、レールそのものを捻じ曲げてみたり、川に架かった木の橋を焼き落としたりする。最後はその川を挟んで南北両軍が激突し、ついには南軍が勝利する。この戦闘で、キートンが大活躍するのはいうまでもない。

かくて南部に凱旋したキートンは、南部の将軍によって功績をたたえられ、その徴として軍服を与えられる。晴れて軍服を身にまとったキートンは、憧れの恋人と結ばれるのだ。

こういうわけでこの映画には、追いつ追われつという喜劇の要素と並んで、南北戦争が大きなテーマになっている。南北戦争が終わってからこの映画が作られるまでは、六十年ほどしたたっていなかったから、当時のアメリカ人にとっては、まだホットな話題だったはずだ。それについてキートンは、明らかに南部に肩入れしている。映画の中では南部の旗が幾度も映し出されるが、それは正義のシンボルとしてだ。いまのアメリカでは南部の旗はファナティックな印象を与えるものになっているが、キートンの時代にはまだまだ人々の郷愁を呼ぶようなアイテムだったようだ。





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