壺齋散人の 映画探検
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暗黒街の顔役(Scarface):1930年代のアメリカギャング映画



1932年公開の映画「暗黒街の顔役(Scarface)」は、前年公開の「犯罪王リコ」、「民衆の敵」と並んで1930年代アメリカギャング映画の傑作である。ギャング同士の抗争が、前二作以上になまなましく迫力を以て描かれており、その後のギャング映画に大きな影響を与えた。その影響は1970年代に大ヒットした「ゴッドファーザー」や日本のやくざ映画「仁義なき戦い」シリーズにまで及んでいる。ギャング映画はそれ自体がハードボイルド・タッチだが、これは究極のハードボイルド・ヴァイオレンス映画である。

原題の「Scarface(傷跡のある顔)」は、禁酒法時代の大物ギャングであるアル・カポネのあだ名だ。この映画は、アル・カポネそのものの伝記ではないが、カポネの行ったいまわしい行為を下敷きにしているようだ。この映画が作られたとき、カポネは脱税の容疑でクック刑務所に入っていた。まだ刑は確定していなかったので、場合によっては後々の報復も考えられたわけで、この映画を製作したハワード・ヒューズには相当の覚悟があったものと思われる。

映画は、ギャングの用心棒から組織のトップに上り詰めた男が、その過程で行った様々な暴力沙汰を次々と描いてゆく。そうした暴力沙汰のほとんどは、カポネが実際にやったことと思われる。映画の冒頭に、「これは実際に起きたことなのであり、それを止められなかった警察の無策を批判するものである」というメッセージが流されるが、実際カポネは、殺人などの凶悪犯罪で逮捕されたわけではなく、脱税という経済犯罪で検挙された。彼の行った凶悪犯罪を、アメリカの司法当局は正面から裁けなかったわけで、無能無策を指摘されても仕方のないところがある。

とにかくすさまじい映画というべきだ。全編これ暴力抗争の連続で占められており、殺人と破壊の連続といってよい。人間というものはここまで過酷でかつ無慈悲になれるものかと、驚嘆させられるくらいである。舞台となっているのは、禁酒法時代最大の犯罪都市といわれたシカゴだ。ここで主に密造酒の利権をめぐってギャング同士が抗争を起こす。ギャングの抗争であるから、先手必勝がものをいい、すこしでも弱気を起こしたものは敗者となる。それは死を意味する。そんななかでカポネをフィーチャーした主人公のトニーだけは、強気一点張りの姿勢で、次々と邪魔者を片付けていく。その挙句、自分のボスまでも殺して、シカゴのギャングの頂点に立つ。もはやトニーの行く手を阻むものは、ギャング仲間にはいない。警察だけが彼のライバルとして残るが、この警察が最後には彼を倒すこととなる。冒頭のメッセージできびしく指弾された不名誉を、それで帳消しにするかのように。

トニーが警察に負けたのは、彼が次々と邪魔者を殺した結果一人ぼっちで孤立してしまったためだということになっている。長年の親友を、自分の妹に手を出したという理由で殺してしまい、そのことで愛する妹からも憎まれて警察に売り渡される。その挙句に警察に襲撃されて殺されてしまうのだ。

現実のカポネは殺されることなく、刑務所に入れられ、最後には梅毒がもとで死ぬということになるのだが、この映画が作られた時点では、そこまではわからない。とりあえずは検挙されてクック刑務所に入れられているといった状態だった。それを映画は何気なく言及している。トニーの愛人の部屋から見える広告塔に、「世界はあなたのもの、クック旅行社」という看板がかかっているのを見ながら、トニーは世界を俺のものにしてみせるとつぶやくのだが、これは、彼が自分のものにしたのは、同じクックでもクック刑務所だったという洒落を込めているのである。

密造酒を街の酒場に押し売りするシーンがいくつか出てくるが、これは「民衆の敵」でも出てきた。ギャングたちは、街中の闇酒場を系列化することで、収入源を確保しようとしたわけで、こうした行為は彼らにとっては、ギャングとしての正当な営業ということになるのだろう。営業のスタイルは無論暴力的なものだ。有無をいわさず密造酒を売り込み、言うことを聞かない者はひどい目にあわせるのである。こういうシーンを見ていると、アメリカのギャングというものは、恐怖だけを資源にして人間を支配している集団だというふうに映る。





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