壺齋散人の 映画探検
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カルメン故郷に帰る:木下恵介の世界



1951年に公開された木下恵介の作品「カルメン故郷に帰る」は日本で初の本格的カラー映画(当時は総天然色映画といった)である。ハリウッドで「風と共に去りぬ」が公開されたのが1936年のことだから、それより15年も遅れている。日本の写真技術が遅れていたということらしい。しかし、その分出来上がりはよく、今見ても新鮮な色彩を保っているのは、松竹がこの記念的作品を長く保存する目的で、金を惜しまなかったためだと言われている。

戦争批判から軽快なコメディまで、戦後様々なジャンルの映画を作って人気監督の座を獲得していた木下は、この映画を転機にして一皮むけ、巨匠の仲間入りをするようになったと評価されている。木下恵介といえば、抒情的な雰囲気の作品が本領だと思われているが、コメディにも非凡な才能を持っていた。この作品は、そうした木下のコメディ精神が溢れたものだといえる。

木下のコメディ精神は風刺の精神と結びついている。というより、時代を風刺する目がコメディを生み出している。この映画も、頭の弱いストリッパーを主人公にして、彼女のユーモラスな言動で笑いをわき起こしながら、彼女と彼女をとりまく社会とのあいだのミスマッチのなかに、時代に対する鋭い批判精神を忍び込ませているというわけだ。

ストリッパーを主人公にした映画というものからして、変っている。だが、ストリッパーには、戦後の開放的な雰囲気を代表するような兆表があった。つまり、戦前の封建的で権威主義的な雰囲気とは対照的なものを、それは代表していたといえる。そのようなものを中心に据えることで木下は、時代を見る目を相対化させ、そのことによって批判を笑いに結びつけたのではないか。

主人公のリリー・カルメン(高峰秀子)は、子供の頃に牛に蹴られて頭が弱くなってしまったのだったが、家出して東京へ行き、人気ストリッパーになったことで、自分を一廉の成功者と考えるようになり、また自分のしていることは芸術なのだと固く信じている。そんな彼女が仲間のストリッパー朱美(小林トシ子)を伴って故郷へ帰ってくる。自分は成功者として故郷に錦を飾っているのだ、と本人は思っているわけだが、彼女を迎える村の人々は、彼女の父親を含めてそうは思っていない。むしろ、社会からの脱落者として、笑いと蔑みの対象として考えている。このミスマッチから、様々な笑いの要素が生まれてくるというわけである。

だからこれは差別をテーマにした作品だともいえるのだが、差別が伴いがちな暗さといったものは微塵も感じられない。差別が陰湿な印象を与えるのは、差別する側もされる側もその差別を意識することから生まれるのだが、この映画の中では、差別されるものがそのことを意識していない。むしろ、差別しているつもりの相手より、自分のほうが数段上等な人間だと思い込んでいる。これでは、差別は成り立たない。

木下はこの映画で、差別を描きながらそれを徹底的に相対化する。差別は、人間関係における上下の区別を前提としているが、その区別は、その人間関係を生きている人々の共通の了解から成り立っている。そうした共通の了解がなくなれば、区別は意味を失い、したがって差別もナンセンスなものになる。この映画の場合には、カルメンのほうに、自分が一段低い人間であるという了解がないために、差別が差別として成り立たないわけだ。むしろ、カルメンを差別しようとしている人間の方が、人間として一段劣等な存在なのではないのか、そんなメッセージが自然と伝わるようにできている。

たとえば、村で催されるストリーップショーの場面だ。これは、彼女たちをダシにして一儲けしようとする連中の仕業なのだが、かといって彼女たちは、一方的に利用されているというふうにはなっていない。彼女たちも、これで金儲けをするつもりなのだ。つまり、一方的な関係ではなく、双方向的な関係になっている。また、ストリーップ小屋に駆け付けた村人たちは、彼女たちの演技に夢中になっている人間達として描かれている。彼女たちは一方的に見られる存在ではなく、田舎どもたちを見下ろす女神のような存在として描かれているわけである。ここでも差別が相対化され、意味を失っている。

こんなわけで、この映画は差別を描きながら、差別が意味を失い、その失われた意味の底から、それこそ底なしに明るい笑いが沸き出てくる、というわけなのである。

この能天気なストリッパーを演じた高峰秀子がよい。彼女の顔つきはなかなか知的な印象をたたえているので、頭の弱い女の印象とは程遠いのだが、それでも勝気で一本気な女の印象は出ていた。色気のほうもなかなかのものだ。

映画の中で展開される自然の風景もすばらしい。場所は浅間山麓の軽井沢あたりらしい。木下はこの映画の中で、ほとんどセットを用いないで、自然をバックにとったという。映画の中で出てくる鉄道は、信越線だろうか。たった一両の編成で、列車と言うよりトロッコを思わせるようなちゃちなつくりだ。こんな列車が1951年ごろまで走っていたのだろうか。

また、交通手段として馬車が出て来るが、これもいまの時代の眼には新鮮に映る。そのほか、主人公たちを取り囲む様々な人たち(笠智衆演じる校長先生ほか)の立居振る舞いも時代を感じさせる。人々がこのように濃密な人間関係の中で暮らしていた、そんな時代もあったのだということが、この映画を見るとよくわかる。木下自身は、そんなことは意図していなかったと思うが、そうした人間関係が失われたいまのような時代に見ると、この映画は貴重な記録性に富んでいるといえる。

なお、技術的なことをいうと、この映画は、距離を置いたロングショットが多い。溝口健二や小津安二郎ほどではないが、黒沢明と比較するとショット数ははるかに少ない。また、クローズアップやパンの技法もあまり見られない。クローズアップは、高峰秀子が初めて単独で歌う場面で使われているが、その際に彼女の真っ赤に塗られた唇に焦点があてられるように工夫されており、クローズアップの迫力が最大限発揮されるようになっている。




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