壺齋散人の 映画探検
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日本の悲劇:木下恵介の世界



木下恵介の映画「日本の悲劇」は、題名からしてものものしいが、内容はもっとものものしい。ここに描かれているのは、一組の母子の不幸な物語なのだが、それが、この母子の問題というにとどまらず、日本社会の問題性を映し出した典型的な事例、日本社会の矛盾が凝縮してあらわれたものだとして描かれている。この映画は、公開後すぐに社会派作品というレッテルを貼られたそうだが、個人の問題を社会との関連で解釈するのが社会派という言葉の意味だとすれば、そういってもおかしくはない。

映画は戦争未亡人となった女性が、闇商売や旅館の女中などをしながら必死になって二人の子どもを育てるが、そのたった一つの生きがいだった子どもたちから捨てられて、生きる希望を失い自殺するという物語を描いている。子どもたちが母親を捨てる理由は、貧しさのもたらす惨めな境遇から脱出したいという思いのようだ。しかし、人間というものは、いくら貧しくても、それが原因となって親子の関係が破たんするというものでもない。まして子どもというものは、家がどんなに貧しくても、そのことで親を恨んだりはしないものだ。子どもが親を恨んだり疎んじたりするには、ほかに相当の理由がある場合だ。

この映画では、その理由を母親の性的放縦さに求めている。子どもたちは目の前で母親のだらしない姿を見てショックを受ける。子どもたちは、そのショックが、自分たち母子の貧しい境遇と関係していると納得する。すると、ショックがもたらした羞恥の感情が母親に対する軽蔑と怨恨とに変化する、それが子どもたちによる母捨てにつながった、という具合にこの映画は解明しているのだが、そうした母親の振舞も、彼女自身の自由な意思から出たことではなく、自分の置かれた状況に迫られてしたことだ、ということで、問題を個人にのみ押し付けるのではなく、そこに社会的な視点を介在させているということができる。

こんな筋書きの映画は、今日の日本では到底受け入れられないだろう。こんな境遇の母子の存在は、今日では考えられないし、考えられないことに関しては、人間というものは同感できないからだ。同感を誘えないようでは、映画としては成り立たない。それゆえ、こんな映画は、今日の日本では成り立ちようがない。この映画が映画として成り立ち得たのは、この映画が一つの時代をありのままに映し出し、それを見た同時代人たちが、自分のこととして受け止めたからであろう。そうした意味で、この映画は、すぐれて時代性を感じさせる作品といえる。

この映画が公開されたのは1953(昭和28)年、日本はまだ敗戦の痛手から立ち直りきっておらず、人々は日々を生きるのに精いっぱいだった。社会状況は安定とは程遠く、政治も経済も混乱し、人々の不満は至る所に渦巻いていた。そうした社会的な状況を背景として、この映画は展開していく。個人の生活は社会状況とは無関係ではありえないということを主張しながら。それを主張する方法として、木下は当寺の政治的・社会的な出来事を写した映像を、ドキュメンタリー風に映し出す。それがクロスカッティングの手法を駆使してめまぐるしく展開していくので、観客はあたかも、自分自身がその場に居合わせているような臨場感を持つに違いない。

この映画はまた、母子の現在の状況の中に、かれらの過去のイメージを、フラッシュバックを駆使して差し挿むことによって、かれらの生きざまを立体的に描き出している。現在の生活も惨めだが、過去の生活はそれ以上に惨めだった、ということが、よくわかる。子どもたちが、母親を軽蔑し疎んずるようになっていくプロセスについても、過去の一つ一つの出来事をたどることで、理路が見えてくる。

母親(望月優子)は、生きるために闇屋をやったり、熱海の旅館の女中をしたりして生活を支え、長男には大学にまで行かせてやることが出来た。彼女にとっては、子どもに尽くすことが生きがいそのものなのだ。ところがその生きがいである息子が、自分を捨てて他人の養子になりたいと言い出す。映画はその場面から始まるのである。母親は、なぜ息子がそんなことをいいだしたのか、全く理解できない。彼女には頭でものごとを考えるなどということはできない。彼女にできるのは子どもたちを感情でつなぎとめることだけなのだ。ところが、その感情が、母子の間で通じ合わなくなった。なぜそうなったのかは、映画を見ていれば自ずからわかるでしょう、というわけだ。

娘(桂木洋子)のほうも、やがて母親を見捨てる。娘は娘で、自分の心に深い傷を負っていて、その理由の一端を母親のせいにしている。彼女は、弟のようにはドライになりきれないでいるが、自分自身の新しい未来が開けるかもしれないという状況があらわれるや、あっさり母親を捨てて、男のもとに去っていくのである。

こうして、二人の子どもに捨てられた母親は、絶望のあまり列車に飛び込んで自殺する。そして、そんな彼女を偲んでくれたのは、生前に袖を触れ合った赤の他人(佐田啓二演じる流しの御男)だけだった、というメッセージを残して映画は終わる。もっとも、これらの男たちのやさしさは、この映画の中では例外であって、この映画に出てくる人間たちはみな邪悪な人間ばかりである。そんな人間ばかりを見て育ったからこそ、子どもたちは肉親の愛にさえシニカルになったのだ、と言わんばかりである。しかし、その邪悪な人間たちでさえ、好きで邪悪になったのではない、人を踏みつけでもしなければ、生きていけないのだ、と叫んでいるのである。

こうしてみると、この映画がいかに暗い雰囲気のものか、わかろうというものだ。母親を演じているのは望月優子。木下作品の常連の一人だが、この映画の中の彼女の演技は、気負いを感じさせず、それでいて、真に迫っていた。娘役の桂木洋子もなかなかよい。彼女は、10代半ばの少女時代から成人後の女性の役までを演じていたが、それが全く不自然さを感じさせない。顔つきが、初々しさと大胆さとを兼ね合わせているためかもしれない。彼女の愛人となる男は上原謙が演じている。あいかわらず、茫洋な雰囲気を漂わせているが、これはこの俳優の地なのであろう。

クロスカッティングやフラッシュバックの手法を通じて挿入される様々なシーンは、当時の日本の実際の姿を如実に映し出している。皇居前でのいわゆる血のメーデー事件の光景、国会を取り囲むデモ隊のうねり、そして三鷹事件をはじめとする不可解な陰謀事件を報道する新聞の紙面など、いずれも当時の世相を反映したものだ。これらのドキュメンタリー風の画面と並んで、闇商売の人々が検挙されるシーンや、群衆を前に民主主義について演説する男の言い分を長々と紹介する場面など、戦後の一時期にのみ見られた光景である。それらをフンダンに取り入れているという点でも、この映画には歴史的な意義を認めてもよいのではないかと思うほどだ。




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