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溝口健二「雨月物語」:上田秋成の小説を関骨堕胎



溝口健二の映画「雨月物語」は、上田秋成の怪奇物語集「雨月物語」を下敷きにしたものだ。原作は九篇の物語を収めているが、溝口はその中から二篇を取り上げ、それらを合成する形で映画のストーリーを作った。完全なコピーではなく、かなり大胆な改変が施されている点は、「西鶴一代女」と同様だ。いや、それ以上の改変ぶりといえる。

取り上げた二篇とは、「浅茅が原」と「蛇性の淫」である。「浅茅が原」は、下総の国の百姓勝四郎が、一儲けを狙って京都に上ったが、折からの戦乱のために故郷へ帰ることが出来ないまま7年がたち、やっとの思いで帰ってくると、妻の宮木が待っていてくれた。喜んだ勝四郎は妻と共に寝るのであるが、翌朝起きると妻の姿はなく、彼女の墓に辞世の句が書かれていた。そこで勝四郎は昨夜の妻が幽霊であったことを知る、という内容である。

一方の「蛇性の淫」は、蛇の妖怪に取りつかれた男の物語である。紀州の長者の息子豊雄が、ある日真女子という美しい女と知り合い、彼女の邸で一緒に寝るのだが、じつはこれは蛇の化身であった。豊雄を愛してしまった蛇の妖怪は、豊雄が他の女と結婚すると激しく嫉妬し、その女に取りついて豊雄を自分のもとに取り戻そうとする。そこで豊雄は高徳の僧に救いを求め、魔除けの衣を賜る。その衣を、妻にとりついた蛇に被せると、蛇は正体を現してとらえられる、という内容である。

溝口はこの二つの物語を合成した。近江の国の陶工源十郎(森雅之)が対岸の町へ陶器を売りに出かけるが、そこで怪しい女にたぶらかされてひどい目にあい、さんざんな思いで故郷に戻ってくると、妻宮木(田中絹代)が待っていてくれた。そこで宮木と共に一夜を明かすのであるが、目覚めてみると宮木の姿はなく、隣人から、自分の留守中、落ち武者に殺されたのだと知らされる。そこで昨夜の妻が幽霊であったことを知るという構成になっている。つまり、「浅茅が原」の話の中に、「蛇性の淫」のエピソードをはめ込んだわけである。

しかし、溝口は原作にないさまざまな要素を持ち込んだ。源十郎と宮木との間には子どもがいることになっている。また、源十郎の妹夫婦というものが出てきて、彼らをめぐって原作にはないサブプロットが展開される。また、源十郎が出会う美しい女(京マチ子)は蛇の化身などではなく、信長によって滅ぼされた大名の娘ということになっている。その娘は、女の幸せを味あわずに死んだことが残念で、この世にさまよい出て来た挙句、源十郎を恋の相手に選ぶのである。

源十郎は、農作業のかたわら陶器を焼いている。ある日、焼いた陶器を町へ売りに出かけて大儲けをしたのがきっかけで、本格的に設けてやろうと思いつく。妻の宮木は、いまのまま親子平和に暮らせればそれでよいのだからと戒めるが、源十郎は聞かない。焼きあがった陶器を船で対岸の町まで運び、そこで売ろうと計画する。この計画に妹夫婦も加わり、最初は宮木と子もついてくるが、途中で海賊に襲われたという小舟に出会い、行く先の危険を按じた源十郎は、宮木と子を途中で下し、家へ帰るように命じる。しかし、宮木たちは、家に帰る途中で落ち武者に襲われ、宮木は殺されてしまうのである。

町では陶器が飛ぶように売れた。すると売っている現場に美しい女が現れる。女には侍女(毛利菊枝)がついていて、気に入った陶器を自分たちの邸まで運ぶようにと申しつける。こうして源十郎は、この姫の亡霊と怪しい時間を過ごすようになるのである。

一方、妹お浜(水戸光子)の亭主藤兵衛(小沢栄太郎)は、士になりたくて仕方がない。そこで機会があれば武将に自分を売り込むが、百姓如きに戦はできぬとあざ笑われる。そこで陶器を売って金ができたのを幸い、その金で武具一式を買い揃え、士の振りをして武将に売り込みを図るが、やはり追い返されてしまう。そんな亭主をお浜は探し続けるが、そのうちに落ち武者の集団にからめ捕られ強姦されてしまう。

この映画の中では、女たちが男たちにひどい目に合わされるシーンが、とにかくたくさん出てくる。外国人がこの映画を見たら、日本というのは、なんと野蛮な国だろうかと思われて仕方がないくらいの野蛮な暴力沙汰である。お浜が落ち武者たちに強姦されるのもそうであるし、宮木が槍で突き殺されるのもそうだし、農村の集落が野党の群に襲われるのもそうだ。とにかく、むき出しの暴力がまかりとおり、そこでは女が男によって一方的に痛めつけられるのである。

溝口が、お浜と藤兵衛の物語を差し込んだのは、男の身勝手によって女が踏みにじられていくところを、描きたかったからではないか。日頃、男たちによって食い物にされ、踏みにじられる女たちを描いてきた溝口のことだ。この映画の中にも、それを盛り込んでみたいと思って、溝口はわざわざこの二人を登場させたのではないか。お浜の方は、亭主の身勝手によって捨てられたあげく、強姦されて、ついには娼婦に身を落していく。そのお浜のいる娼婦宿に、念願かなって士になった藤兵衛がやってくる。それを見たお浜は藤兵衛を罵り、お前が出世したと同じように、わたしもこんなに出世したと皮肉をいう。こんなにきれいなものを着て、毎晩違う男と寝ることもできる。どうだい、今夜は私を買って一緒に寝るか、というのである。その言葉に、藤兵衛は正気を戻し、一緒に連れだって故郷に帰る決心をする。

実は、溝口はこの夫婦の関係をもっと悪魔的に描きたかったといっている。それを微温的なハッピーエンドに終わらせたのは、会社側の強い意向によるものだったと後日回想している。

源十郎が自分の家に帰るシーンも印象的だ。家に帰ると妻宮木が待っていて、子どもを抱いて夫の近くにやってくる。すっかり安心した夫はそのまま床の上に大の字になる。その傍らで宮木は手仕事を続ける。しかし、翌朝目覚めると宮木の姿はなく、訪ねてきた隣人から、彼女が死んだことを知らされるのである。

この映画は、前年の「西鶴一代女」につづいて、ヴェネチア映画祭で受賞し、溝口の名声を決定的なものとした。今日では、溝口の最高傑作であり、かつ、小津安二郎の「東京物語」と並んで、日本映画の最高傑作であるともいわれている。この映画のどこが、そのような評価を呼んだのであろうか。

まずは日本の伝統的な美意識に評価が集まったといえるだろう。この映画は時代劇であるから、古い時代の日本が舞台になっているわけで、おのずと伝統的な美意識が垣間見られるのであるが、溝口はそれを更に意識して、映画作りを行った。西鶴一代女の場合には浄瑠璃を思わせるような雰囲気づくりに努めた溝口だったが、この映画では能を意識したようだ。京マチ子が着ていた衣装は、能の家元からわざわざ借りさせたものだというし、彼女の立居振る舞いにも、能の雰囲気が込められたようだ。

もっとも溝口による能の要素の採用には中途半端なところがある。京マチ子の謡はどうも本格的な謡曲とは言えず、どちらかといえば無国籍的なものである。また彼女の舞も、能の仕舞とはだいぶずれている。そのへんは愛嬌と云うべきか。いずれにせよ、そんな細かいところまでは、外国人にはわからぬだろう。外国人にもわかるのは、何となく日本独特の美意識のようなものが感じられるということであり、またそれで十分だったろうと思われる。

次に、田中絹代が演じた献身的な愛が、国境を超えて普遍的な共感を呼んだのではないか。とくに彼女の子どもに向ける母性愛だ。彼女は殺されても子どもを離さなかったし、また死んだ後では、いつまでも子どもに寄り添ってその安全を気遣っていた。こうした母性愛は人類に普遍的なものだから、誰にとっても感動的なのだろう。そうしたことをあてこんだうえで、溝口は主人公夫婦にあえて子どもを持たせたのだと思われるのである。



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