壺齋散人の 映画探検
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晩春:小津安二郎の世界



晩年の小津安二郎は、家族間の人間関係に焦点を当てたホームドラマをもっぱら作るようになるが、「晩春」はその嚆矢となる作品である。この作品の中で小津は、父と娘との関係を、心憎いまでの繊細さを以て描き出している。こんなタイプの映画は、世界中どこを探しても見つからないし、日本の映画史上でも珍しいものだったのではないか。

登場人物は鎌倉の一軒家に暮らす父と娘、そしてこの親子とかかわりのある少数の人々である。もっともかかわりのある母親は、死んでしまって今はいない。その代わりに叔母と言う人が出てきて、何かと父子の世話を焼き、娘の縁談話を持ち込んできたりする。娘はもはや27歳、婚期を逸しかけている年齢だ。それを心配した父が、娘に結婚を勧める。しかし娘はなかなか承知しない。そのわけは、映画の進行するにしたがって次第に明らかになっていく。

つまるところ、この父娘はあまりに深く結びついてしまったために、互いから自立できないでいたのだった。とくに娘がそうだ。彼女は父親と一体化するあまり、父親との分離を想像することさえできない。ましてや結婚するなどとんでもないことだ。そう思っているのである。だから父親が自分に対して結婚を勧めてきたとき、娘は裏切られたように感じた、というより恋人に捨てられたように感じたのである。

そう整理すると、この映画の中で原節子演ずるところの娘の行動がよく理解できる。自分がいなくなったらお父さんは困るでしょうと迫る娘に、父親は御前がいなくても不便は生じないと言い、その訳を聞かれて再婚を考えているとまでいうが、その父親の言葉にパニックになる娘は、父親を奪おうとする者に対して激しく嫉妬するのである。

それ故この映画は、エレクトラ・コンプレックスを描いたものだということもできよう。映画の終り近いところで、京都見物に出かけた父娘が、旅館の一部屋に布団を並べて寝るシーンなどは、父娘相姦を想起させると言って、当時の映画批評家たちの間で喧々諤々の議論になった。とくに、父娘を交互に写し出す合間に床の間の壺が長時間映し出されるシーンが出てくるが、その壺が一体何を意味しているのか、意味深長な解釈が入り乱れた。小津がそれまでの映画の中では、決してこんなシーンを挿むことなどなかっただけに、余計に卑猥な想像を掻き立てたのだと思われる。

こんなわけで、この映画は風変わりな家族ドラマである。二人っきりの父娘を中心に展開されるささやかな人間関係が映画のすべてであり、当時の社会状況やら浮世の人間関係などは全く配慮の外である。銀座の町が出てくるシーンで、四丁目交差点に立っている服部の時計塔が出て来るが、それが野中の一軒家のように孤立して立っているところが、戦争の傷跡を感じさせないではいないが、それは例外である。まだ戦後間もないというのに、映画の中では、そのことは全く触れられていないのだ。

この銀座の街角で、原節子演じる娘は、偶然父親の友人と出会う。その友人は父親同様大学教授で、京都に住んでいるという設定になっている。この日はたまたま所要で東京に出てきたところだというのだ。そこで二人は一緒に買物をし、美術展を見物した後、銀座の小料理屋でいっぱいやる。そこで大学教授が再婚したという話をする。原節子はその話を聞いて教授を責める。不潔だというのだ。この娘は、もしも自分の父親も同じことをしたら、自分は果して受け入れられるかどうか自信が無くて、そういったのだろうと思わせるのだ。

友人は娘と一緒に鎌倉の父娘の家を訪ね、父と旧交を温める。二人はいっぱいやりながらトンチンカンな問答をしたりする。京都の教授が東京はどの方角だと問う、鎌倉の教授が北の方角を差す、京都の教授は首をかしげる、彼にとっては、東京は京都の東にある、鎌倉もやはり東にある、だから当然東京は鎌倉の東にあるはずのものだ、ところがそうではない、といった具合に、見ている観客まで頭がこんがらがる。

話がちょっと脱線したが、父娘が能を見る場面が出てくる。周辺の風景からして、舞台は千駄ヶ谷の能楽堂のようである。いまの国立能楽堂とは違って、座席は古風な桟敷席だ。その桟敷席は舞台より一段と低くなっており、観客は見上げるようにして舞台を見る。映画の中では、梅若万三郎(先々代)が杜若の精を舞っているところが映される。色気のある声で、昔を懐かしみながら嘆息して見せるあの場面だ。万三郎が「報いの砧怨めしかりける」と気を入れて謡う、それに地謡が「因果の妄執の思ひの涙」と応える。映画の中では地謡は十人いた。昔はそうだったのだろう。

このシーンで父親の再婚相手と噂されている女性が観客の一人として出てくる。その女性に向かって父親は丁寧に会釈する、それを見た娘もその女性の方をかいま見る。その女性とは日頃のお茶の仲間で、娘もよく知った間柄なのであった。二人の様子を見た娘は突如パニックに襲われ、能を見るどころではなくなる。彼女は激しく嫉妬しているのだ。友人の京都の教授と同じく、自分の父も不潔なことをしようとしている、それが彼女には許せない。彼女は父親に向かって鬱憤をぶつけるかのようにつれなくあたる。父親は面食らいながらそれを見ているだけだ。

しかしどういうわけか、娘は見合話に乗って縁談に応じると言い出す。どういう心境が彼女をそう言わせたのか、映画は表立っては説明しない。もしかしたら、自分を捨てようとしている父親への面当てかもしれないし、あるいは父親の自立を確認したので安心して結婚する気になったのかもしれない。そのどちらでもないのかもしれない。ともあれ父娘は二人で最後の記念旅行をして京都にやってくる。そこで京都の教授夫妻の仲睦ましさを見せられた娘は、教授を不潔だといったことにすまない思いをする。そして実は一時期お父さんのことも不潔だと思っていたの、例のシーンで枕を並べながら娘はそういうのである。

映画は、娘が文金高島田に角隠しを被って嫁入りするシーンでクライマックスを迎える。奇妙なことに、この映画では娘の結婚がテーマになっているのに、当の結婚相手の男性は一度も顔を現さないのだ。結婚が娘にとって未来への旅立ちを意味するというよりは、父親と過ごした過去との決別を意味するとでもいいたげなのだ。

なお、原節子が小津作品に出るのはこれが初めてだ。これを含めて原は小津作品に六回顔見せした。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013
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