壺齋散人の 映画探検
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五人の斥候兵:田坂具隆



先の戦争中にはおびただしい数の戦意高揚映画が作られた。大別すると戦場の模様をリアルに伝えるドキュメンタリー風の映画と、兵士の戦いや暮らしをテーマにした劇映画に分けられる。ドキュメンタリー映画については、亀井文夫がもっとも優れた業績を残したといえよう。一方劇映画については、田坂具隆が特筆されるべきだろう。「五人の斥候兵」は「土と兵隊」と並び、田坂の戦争映画の傑作と言うべき作品だ。

亀井や田坂も例外ではないが、日本の戦意高揚映画は、兵士たちの勇敢な戦いぶりを描くというよりは、兵士たちの苦しい行軍の様子を描くことを特徴としている。そうすることで、兵隊さんたちもこんなに辛い思いをしながらお国のためにがんばっているのだから、あなたがた銃後に残された家族や隣人たちも陰ながらお国のために尽くしなさい、というメッセージを届けたかったのかもしれないが、今の時点でそういう映画を見ると、却って厭戦的あるいは反戦的なメッセージを感じてしまう。実際田坂や亀井の作った戦争映画を欧米の人々に見せると、例外なく反戦映画だと受け取られるようである。

「五人の斥候兵」は1938年に作られた映画だ。前年に勃発したシナ事変を背景にして、日中戦争の最前線の戦いを描いている。中国の地方の一村落を占領していた部隊が、シナ事変の勃発に伴って本格的な戦闘態勢に入ってゆく。その過程で敵情偵察に派遣された五人の斥候兵たちの活躍ぶりを、乾いたタッチで描くというものである。この部隊は、四分隊約八十名からなっており、本隊から分離されて最前線に配置されている。おそらく特定任務のために編成された独立部隊なのだろう。

映画の前半は、最前線で陣地を張っている部隊の日常生活を描く。時折現地のゲリラ部隊と思しき敵との激しい戦闘が発生したりするが、基本的には戦闘よりも、兵士の日常生活が淡々と描かれる。そのうち、シナ事変の発生に伴い、全員が集合させられ、彼らを前に部隊長が天皇の詔を代読する。ついで本隊から任務が与えられる。敵の状態を偵察して報告せよというものである。かくして部隊から五人の兵士が選ばれ、敵情偵察のための斥候として派遣される。

映画の後半は、この斥候兵たちの活躍ぶりを描く。泥の川を渡り、草原を走りぬけ、敵のトーチカを発見すると、敵方に見つけられて激しい戦闘が繰り広げられる。五人は戦闘の間にばらばらになってしまう。そして、なんとか生き残った者たちが部隊に戻って復命をする。五人のうち四人は命からがら帰ってくることが出来た。しかし一人が帰ってこない。部隊長は戦死を確信し、彼の戦功を讃える書類を作成させる。そこへ死んだと思っていた兵士が帰ってくる。兵士の帰還を祝って、仲間の兵士たちが君が代を合唱する。この映画のなかで最も感動的な部分だ。

斥候の報告を参考にして命令が下される。部隊は敵を殲滅すべく出陣すべしという内容だ。その出陣に帰ってきたばかりの斥候兵も参加する。それが彼らにとっては最高の名誉なのだ。そんな兵士たちに向かって部隊長が訓示を垂れる。今こそ大君の皇恩に報い奉る時だ、我々は期待されている、お前たちは俺と一緒に死んでもらいたい、と。かくして「海行かば」を大合唱しながら、80人の兵士たちが一団となって、戦場に向かって行進してゆくというわけである。

この映画の最大の見せ所は、斥候兵の戦いよりも、戻ってこない斥候兵の運命を気遣う兵士たちの表情にあるといえる。この気遣いが兵士たちの連帯感を高揚させる。その高揚した連帯感が、兵士たちの愛国心を高めるとともに、銃後の国民と兵士との絆を強めるのだ、と言いたいのだろうと思う。ともあれこの映画は、人間の感情をきめ細かく描くことで、国民の団結心を高めているところがある。そういう点では、戦意高揚の役割をそれなりに果たしていると言えよう。





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