壺齋散人の 映画探検
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エノケンのちゃっきり金太:山本嘉次郎



山本嘉次郎は、エノケンこと榎本健一のミュージカル風コメディ映画を多く作った。エノケンといっても、今の若い人達には馴染がないと思うが、筆者のような団塊の世代の人間にとっては懐かしい役者だ。戦中から戦後にかけて、浅草を拠点に栄えたレビューの人気者で、日本のコメディ史上特筆すべき存在と言ってよい。その本領は、とぼけた表情で繰り広げるドタバタ劇と、独特のだみ声で歌う歌謡曲だ。

「エノケンのちゃっきり金太」は、エノケンものの傑作と言ってよい。これは1937年に前後二編が作られた。いづれも「ちゃっきり金太」というスリを主人公にしたドタバタ劇だ。前後あわせて2時間20分ほどになるが、今見られるのはそれを一本に編集しなおした総集編だ。これは長さが半分にされている分、筋が途中でわからなくなったり、かなりな無理を感じさせるが、エノケンものの雰囲気は十分に伝わってくる。

荒っぽいスリのことを昔は「きんちゃっきり」といった。「ちゃっきり金太」はそれをもじったのだと思われる。とにかく金を持ってそうな人間を見ると、自然に手が伸びるというつわもので、当然お尋ね者だ。その金太を、岡っ引きの倉吉が追っている。映画は前後とも、この岡っ引きと金太が繰る広げる追いかけごっこを描いているわけだ。

幕末の江戸が舞台だ。薩長の芋侍どもが官軍面をして江戸の庶民に嫌われている。その連中から金太が財布を抜き取ったのが発端になり、金太は江戸を逃れる。それを岡っ引きの倉吉が追いかけ、東海道の宿場宿場で奇妙奇天烈な騒ぎを引き起こすというのが、おそらく前編のプロットなのだろう。それと後編がどう絡むのか、よくはわからぬが、最後のところで金太と倉吉が官軍に化けて江戸に戻ってくるところが出てくるから、これは後編の場面を無理に付け足したのではないかと思われる。

ミュージカル・コメディとあって、歌や踊りが豊富に出てくる。和服姿の女たちが横一列になって、カンカン踊りならぬ芸者踊りを、「ああそれなのに」の歌にあわせて踊ったりする。エノケンもだみ声ながら結構聞かせる。「よさほい数え歌」などは、エノケンが歌いはじめなのか、それとも以前からお座敷で歌われていたのをエノケンがこの映画で取り上げたのか、よくわからぬが、聞いて楽しい歌だ。

エノケンを追いかける薩長の芋侍は嘲笑の対象となっている。それに対して上野に立てこもった彰義隊は悲運の英雄扱いだ。この映画が薩長嫌いだということを感じさせるところだが、かといって徳川贔屓かと言えばそうでもないようだ。新撰組の近藤勇も戯画化されているからだ。

エノケンと倉吉がお化け屋敷に紛れ込んで怖い思いをする場面は、おそらく後編からの付け足しだろう。なんのつながりもなく、突然この場面が出てくる。しかもそのお化け屋敷というのは、女歌舞伎の一行が設定した舞台だったというわけで、芝居好きのエノケンはしばらくその一座と行動をともにしていたかと思えば、突然官軍兵士の姿に早代わりして、江戸への凱旋行列の末端に加わるといったわけである。

その官軍が、誰彼かまわず江戸の庶民を見ると「おいこら」とどなる。後にこの連中が日本の近代警察を担うようになるのだが、日本の警察に染み付いた「おいこら」体質は、薩長の芋侍から受け継いだ伝統らしい、ということがこの映画から伝わってくる。

ラストシーンは明治二十年の東京が部隊だ。そこへ洋服姿のエノケンが、女房をつれていきなり出てきたかと思えば、通行人を相手に早速スリを働くのである。なんともとぼけた味わいの映画だ。





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